観覧車に乗ったのはいつだったか。

もうずっと昔。

家族で遊園地へ行った時だったと思う。


海が近いこのエリアの目印でもある大観覧車。

夜になるとライトアップされ、周りのビル群の煌びやかな明かりと共に美しく飾り立てられるその姿が大好きで時折見に来ていた。


「乗りたいのか?」

隣に居た彼が静かに聞いてきた。


「考えたことなかった、いつもこの場所から見るのが好きで...なんとなく」


そうか、と短く返事をした後彼は歩き出し、振り返りそっと手を差し伸べた。


「せっかくなら行こうか」

静かに笑う彼の顔が綺麗でほんの少しの間見惚れてしまった。


意外にも人はまばらですぐに乗ることが出来た。

観覧車の下に来て見上げると、想像以上に大きかった。
ゆっくりと数十分かけて一周するとのことで、夜景も見どころですと若いスタッフの女性が言ってくれた。


「透明なんだね」

高所恐怖症の人間なら真っ青になるであろう、全面が透明の造りになっていた。


「下はあまり見ない方がいいな」

「怖い?」

「どうだろうな...」

そんな会話をしながら外を見る。

灯台の光と、夜の海に浮かぶ何隻かのタンカー船と漁業の船と

穏やかな景色だと思った。


無言の時が流れていたがやがて名前が呼ばれた。

「ソウェイル」

顔を向けるとゆっくりと身を屈めて顔を近づけてきた―と思ったが思い直したのかゆっくりと席を立った。

「少し、揺れるな」

そう言って隣に座り、私の右頬に手を添えてそのまま唇を重ねた。

顎のラインをなぞる様に右手を添えて、両手で私の顔を包みながらゆっくりと口づけをする。


何度もキスをしてきたけれど、やはり彼とのこの行為は頭の中がぼんやりとして心地よく、温かくなる。

お互いの情熱を送り込むような時もあれば、触れるだけの優しい時も、何度も味わうような今みたいな時も


彼が好きだと、心から感じる瞬間だ。




「紹介?」

「あぁ。お前ずっと特定の男と付き合ってないだろ?かといって遊んでるわけでもなさそうだし..お前に合いそうなヤツが居て、どうかなって思ってな」



久しぶりに飲みに行かないかと、グラディオが言ってきた。


仕事を通して知り合ってから結構な年数が経ち、時折こうやって食事や酒を飲み交わす仲になった。
隣に女性が居ない時期はないんじゃないか?というくらい常にパートナーが居て
そして記憶にある限りでは1年以上もった事はないのと、器用に何人とも同時に付き合う。

自分とは正反対な恋愛事情の彼とは男女の関係になることは一切なく、寧ろ時折こうやって自分の近況を気にかけてくる。
こういうところは流石、兄貴分であり様々なタイプの女性と付き合ってきただけあるなと思う。

「う〜〜ん...」

何となく気乗りしないような、でもそろそろパートナーが欲しいような
そんな葛藤を繰り広げながら柑橘系の香りが良いビールを飲んだ。
各国のビールを取り揃えてるこの店はグラディオのお気に入りらしい。

「男前だぞ」

「えっ」

「高身長...まぁ俺よりは低いが」

「グラディオより高い人はなかなか見つからなそうだよね」

「給料も大分良いし、顔も良し、運転は上手い、趣味は料理、スタイリッシュ、英才教育を受けている...」

「独身?」

「当ったり前だろ」

「ワケあり...?」

「あんま女に興味ないんだろうな。大抵の事は出来ちまうし」

「じゃあどうして私に紹介...」

手を添わせやすい曲線美のグラスに手を添えたまま聞いた。
汗をかいているグラスの水滴が手に伝う。

グラディオは子羊のグリルを一口食べて、言葉を選んでいるように見えた。

「お前ならあいつの心に寄り添えるかなと思って」

「...?」

何か、精神的に弱い人なのかと過った。
とても繊細な心の持ち主なのか、過去に余程辛い恋愛をしてきたか。

「まぁ、仕事の一つというか...ある大企業社長の息子の世話焼きをしてるんだよ」

「あー、そういうのちょっと」

「ん?」

「ちょっと危ない系の人達と関わるのは流石にちょっと...」

「ぶはっ!違ぇよ、ホワイトすぎる位の企業だ。ま、そこの社長の息子の世話をずっとしてきてるんだよ約20年か?」

「うん」

「まぁ、そんなに多くはないと思うがアイツもそれなりに恋愛関係になった女は居ると思うんだが大概相手から離れていく」

「うん」

運ばれてきたムール貝の白ワイン蒸しを口に運んだ。
鼻にハーブの良い香りが抜けていく。

グラディオも一口ビールを飲み次の言葉を考えているようだった。

混み合った店内の話し声は心地よい賑やかさを感じる。


「ま、とりあえず会ってみて合わなかったら上手い食事でも奢ってもらって帰りゃいいさ」


「え〜?何かもっと言うのかと思ったのに」

「会った方が早いだろ」

「まぁ、そうだね」

「お前だってそろそろ誰かと一緒に居たいんじゃないのか?」

次の飲み物を何にしようかとメニューを見ているとそう言われ、目線を上げるとまるで父親のような目でこちらを見ていた。


「心配性だね、グラディオは」

「アイツの隣にお前が居るのが何となくしっくりきたんだよ」


あんまり良い別れ方ではなかった前の恋愛から大分時間が経っている。
出会ったならそのままずっと添い遂げたいと思ってしまう自分はもしかしたら重いのだろうか。
飛び込むのがちょっと怖いなと思ってしまう。


「あぁ、ちなみにアイツはお前の事知ってるぞ」

「え?どうして?」

「見かけたんだと」

「どこで?」

「夜にって言ってたが」

ふーん、と返事をして次の飲み物のオーダーをした。


「来週予定どっか入れといてくれ」

「わかった」




唇が離れて、彼の顔を見た。

ずっと、出会った頃と変わらない真っ直ぐな視線で自分を見つめる。

彼の胸の中にすっぽりと収まるように抱き締められ、背中に両手を回した。

温かくて広い背中。

「考え事か?」


「...グラディオに紹介された時の事思い出してた」


「あぁ..」


このまま眠ってしまいそうな心地良い中
彼の心音がずっと聞こえている。



In Love Again