穏やかな日差しが降り注ぐ午後。
じめじめとした梅雨の時期も明け、太陽に照らされ時折風に揺れる木々の影が室内へと映し出される。
王都城内入口の広いホールから聞き慣れた静かで低めの声と、まるでガラスのベルを鳴らしている様な耳心地の良い声が絡み合っているのが聞こえた。
ノクトは、螺旋階段を上りきった場所から普段は見ることはないであろうその光景に目が離せないでいた。
それもそのはず、この場所から見えるイグニスの笑顔がいつも自分に向けられるものとは違い
穏やかで、話している相手を見つめる視線が愛しむ気持ちで溢れているものだったからだ。
「ノークトっ!何してんの...って、あれイグニスと…誰!?もしかして、彼女!?」
自分の元へと駆け寄って来る勢いそのまま、見たい見たい!と首に手を回してきたプロンプトと一緒になって手摺へ身を乗り出す形で下を覗き込んだ。
「あっ...ぶねーな、押すなよ!」
「え〜だって見たいじゃん、あのイグニスの彼女だよ!?ノクトは会ったことあんの?」
「いや、ねーけど...つか、くっつくなよ暑苦しい...!」
子犬同士がじゃれ合っているかのような声がホールに響き、それに気づいたイグニスがノクトとプロンプトを見るなり『そこで何をしているんだ』と言わんばかりの視線を送りつけてきた。
脳内には、若干呆れたような溜息混じりで名前を呼ぶ声が響く。
そんな恋人の視線の先と、会話を遮った声が気になったのか
柔らかそうな髪の毛を揺らし渦中の主はこちらへと振り返った。
少し驚いた表情をしていたが口元にほんの少し笑みを浮かべて小さく斜めに顔を傾けて会釈をし、すぐにイグニスへと向き直った。
『また、』とでも言っているような仕草で片手を小さく上げる恋人の肩へ優しく手を置き、一言二言話した後
イグニスは慣れた手つきでスマートにエスコートをして、ドアを開け見送った。
「わ〜....何か、ちょっと最後ヤラシー感じしなかった?」
「なんでだよ..」
「何かさ、意外だったね!イグニスってシュッとしてスマートだから、長身のモデル美人って感じの人を選ぶのかと思ってたけど...可愛らしい感じの人だったね!」
あぁ、と気のない返事を返しつつもノクトはつい先程まで見ていたイグニスの表情を思い出した。
相手の顔はほんの一瞬しか見なかったが、初めに聞こえてきたまるで歌う様に話すその声と後姿の雰囲気は、きっとあの生真面目なイグニスを癒しているのだろうという事が見て取れた。
重厚な扉が閉まる音がホールに響き、カツンカツンと大理石の上をいかにも質の良いと思われる革靴のソールの当たる音がそのままこちらへと向かって響き続けていた。
「まったく、ノクト...プロンプトも。覗き見とは悪趣味だな、明日の試験勉強は終わっているのか?いくら内申に響かないと言っても余程の点を取ればこちらにも学校から通達が来る...」
螺旋階段を上りながらいつもの調子で小言を言ってくるイグニスを見て、ノクトはホッとしたような少し寂しいような複雑な気持ちを感じていた。
「聞いているのか?ノクト」
「聞ーてるし、とりあえず赤点じゃなきゃ平気だろ」
いつの間にか自分の前に立ったイグニスの目を見るのが何となく気恥ずかしく、目を逸らしながらノクトは悪態をついた。
「あ〜、ノクトもしかして...焼きもち妬いてる?」
「ばっ...ちげーし、何で俺が妬かなきゃなんねーんだよ」
「ほら、何ていうかな..お兄ちゃん取られた!とか、お母さん取られた!的なの」
覗き込んでくるプロンプトを片手で押しやり、その場を後にしようとするノクトの姿にイグニスは苦笑いを零した。
幼い頃からずっと側にいて見てきたからこそ分かる。
プロンプトが言っていることが当たらずも遠からずだからこそ、図星を突かれたノクトはこうやってその場を離れようとするのだ。
「別に隠していたわけではないさ。恋人がいるという話をしたところで...ノクトは興味ないだろう?」
「えー、ノクトはなくても俺はあるある!」
「べっつに。お前が幸せならそれでいーんじゃねぇの?」
伏し目がちな表情で、少し口を尖らすように言うのも昔から変わらない。
「彼女も改めてまた、挨拶をしたいと言っているからな。その時にちゃんと紹介する」
「よかったね〜ノクト!俺も楽しみ!」
「...おう」
プロンプトに肩を組まれ揺すられながら
いつもどんな時も自分の事ばかりを気にかけ優先してきたイグニスが、心からの幸せを感じる日々を過ごして欲しいとノクトは願った。
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