ゲストたちが会場を後にし、華やかな時間が終わりを迎えようとしていた時
シギルが視界の端に映り、誰かと話しているのが見えた。
ノクトは向こう側にレギスと共に居る。
シギルの両親はカメリアへと挨拶を交わし、護衛と共に会場を出て行くのを見送っている。
会場内でも一際目立つ上背のある姿と、表情を読むことが出来ないあの独特の雰囲気
ニフルハイム帝国の宰相、アーデン・イズニアが何かを話している。
アーデンを見上げて話を聞いているシギルを飲みこんでしまいそうな黒い背中がやけに目から離れず、胸騒ぎがした。
何故、帝国の宰相が一人でシギルに話しかけるのか?
気が付けば二人の方へと足が向かっていた。
アーデンは胸に手を当て頭を下げ、シギルへ花を渡している。
振り返り、こちらに向かい歩いてくるアーデンとすれ違い互いに軽く頷くように会釈をした。
「王子様にお嬢様に...目が離せないね。常に目が届くようにしていないと」
すれ違い様に言われた言葉が引っかかったが、アーデンは口元に笑みを浮かべて歩みを止めずに去って行った。
「イグニス」
息を切らしたようにやってきた自分を見て、どうしたの?とでも言いたげな顔を見て安堵した。
「そろそろ中へ入ろう」
シギルの背中に手を当て中へ入る様に促した。
手から伝わるこの温もりがどうか黒い風に攫われていかないようにと、そればかりが頭にあった。
「イグニス、手があったかいね」
無邪気に笑いながらシギルが言い、少し周りを気にしつつもくっつく様にイグニスの腰へ片手を回してきた。
「そうか?夜は少し風も冷たいな。部屋で温かいものを飲もうか」
◆
先程パーティーが始まる前にノクト達3人が準備していた部屋に入ると、侍女達が温かいお茶や軽食を用意してくれていた。
ノクトとグラディオは一足先に中へ入っていて、寛いでいる。
シギルは近くのテーブルに置いてあった一輪挿しに水を入れてアーデンから貰ったカラーを挿した。
「みんなお疲れ様、それから...ノクティス王子。改めて誕生日おめでとう!これは私達からよ」
ウェヌスとノヴムはノクトに釣り道具の一式をプレゼントした。オルティシエにある老舗のブランドで釣り愛好家に人気のものだ。
「うっわ...やった、すげぇ!これ、こっちじゃ手に入らないしネットでも売り切れだったし....おじさんおばさんありがとう!」
ノクトは嬉しそうに釣竿を手に取り眺めていた。
「喜んでもらえて何よりだわ、オルティシエに来て釣りをするっていうのも良いじゃない〜」
「あぁ、結構人気のスポットもあるみたいだからな」
「めっちゃ行きたい!なぁ、皆で行こうぜ!」
子どもみたいにはしゃぐノクトを見て夫妻は笑った。
グラディオとノクトはオルティシエに行く場合、キャンプをしながらのんびりと行くのもいいんじゃないかという話で盛り上がっていた。
「シギル、お花は誰から頂いたの?」
少し離れたソファで夫妻とシギルは座っていた。
イグニスは4人分の紅茶を入れてテーブルへと置いた。
「ニフルハイム帝国の...」
「あぁ、宰相ね」
ウェヌスは礼を言い、イグニスから紅茶を受け取り一口啜った。
「あの方は...その、」
どんな風に聞いたらいいのか珍しくイグニスは口籠ったが、察したウェヌスは話し始めた。
「頭も切れて、実力もあり...
だからこそ宰相という地位に居るのだろうけど、交渉事も彼が全て担っているの。ルシスでは考えられないわね」
ルシス王国では、国同士の交渉事の為にシギルの両親たちが居る。公務に忙しい王に変わって事を進めるという国を背負った大事な立ち位置でもある。
「そう言えば、お母さんはチェスが強そうだねって」
「そう...イグニスはチェスは好き?」
「好きと言えるほどでは...ウェヌス様には到底及びません」
「ふふっ!謙遜ね」
ウェヌスはティーカップをテーブルへと置いた。
「貴方は軍師となる身。小さなころから王子の側付として、王の軍師として英才教育を受けてきている。投げかけられたパズルをいかに効率よく早く当て嵌めていくかを瞬時に頭に浮かべられるはずよ」
紅茶が置かれている大きめのテーブルの真ん中に、翡翠で出来た美しいチェスが置かれていた。
「アーデンもまた、頭の回転も速く...人から引き出すのがうまい人ね。それが良い事でも、悪い事でも。」
シギルは香りの事を言われた時に、イグニスに視線が向かっていたことを見透かされたのを思い出した。
「笑顔で、一見人当たりが良く見えるかもしれないけれど」
テーブルの上のチェスの駒を人差し指でウェヌスはなぞった。
「笑顔で掌を返す事をするかもしれない」
クイーンの駒がカタンと人差し指で倒された。
「イグニス、貴方のその冷静な判断はいずれノクティス王子を色んな場面で助けていくはず」
イグニスは目を逸らさずに聞いていた。
「でもどうか、全てを投げ出してまで...なんて判断はしないようにね。なーんて!こんな暗い話はやめましょ」
「はい...ありがとうございます」
「あ、おーいシギル。食べたがってたケーキあるぞ」
ノクトが皿にケーキを取り、呼んだ。
「食べる!ね、イグニスも一緒に食べよう」
「あぁ。コーヒーもあるなら頂くとしよう」
「今から飲んで眠れるの!?」
立ち上がるシギルの手を取り、ノクトとグラディオの元へ向かうイグニスの姿を見てウェヌスは微笑んだ。
「ふふっ...」
「どうした?」
ノヴムが聞く。
「小さい頃、あんな風にイグニスはいつもシギルの手を引いてたわね。」
「あぁ、そうだったな。ノクティス王子も一緒にな」
「二人が一緒になって王子に付き添ってくれたら安心よね〜〜...お似合いだと思わない!?我が娘ながら!」
「あ、あぁ...」
ノヴムは笑った。
涼しい風が部屋の中を通り抜け、空には半月が浮かび王都城を照らしていた。
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