授業終了の鐘が鳴り、シギルは軽く伸びをした。
今日は朝から何となく気怠く欠伸も良く出る。
暖かい日差しのせいだろうな、と思いながら帰る支度をしているとプロンプトが足早にやってきた。
「シギル!!...って、なんか眠そう?珍しいね、今日1日ちょっとぼーっとしてない?」
嬉しそうに駆け寄ってきたかと思えば、眉を下げて覗き込んでくる姿はまるで子犬の様だ。
「そうなの...何だろう、暖かいからかなぁ?それかノクトの万年眠い病が移ったか...」
「誰が眠い病だよ」
溜息を付きながら鞄を持ったノクトが椅子から立ち上がった。
「ねぇねぇ、ノクトん家に遊びに行こうって話してたんだけどシギルも行こうよ!」
「え...王都城に...?」
怪訝な顔をして見上げるシギルにノクトとプロンプトは揃って声を上げて笑った。
「違う違う、ノクト一人暮らししてるんだって」
「え!?そうだったの?よく許されたね」
「まぁ、ほぼ毎日側付がやって来るんだけどな..あぁ、イグニス。
お前も覚えてるだろ?」
ノクトにそう言われ、シギルは幼い頃に王都城でよく遊んでいた時期の事を思い出した。
―『シギルほら、こっちだよ』
―『イグニス、手にぎって!』
「あーうん...イグニス」
幼い頃の記憶の中の彼は、いつも笑顔でノクトの側に居た。
何でも知っていて、何でも出来る。
自分が甘えても嫌な顔などせずに笑って手を伸ばしてくれていた事も。
「へぇ、ノクトのお世話係りって感じ?」
「ま、そんなところだな。とりあえず行くか?」
シギルは気怠い体を起こして二人の後に続いて教室を後にした。
―――――
「うーわー....さすが王子、そりゃ普通のマンションじゃなくタワマンですよね...」
都心部に大きくそびえ立つタワーマンションを見上げて、プロンプトはポツリと呟いた。
「あ、専属のドアマン?」
「いや、警備」
入口に立っているスーツを着た護衛の男に、ノクトは軽く挨拶をして中に入った。
「いいなぁ、一人暮らし。私もしたかった...」
「シギルは叔父さん叔母さんとだっけ?女の子はその方が安心でしょ〜」
「ちなみにシギルの家こそ豪邸だからな。S区画でしかも庭付き一軒家...いや、屋敷だな」
「そうだったよ...」
「お城には敵いませんって〜」
そんなやり取りをしながら最上階に着き、ノクトに続いて部屋へと入った。
「おっじゃましま〜す!うわー...ひろっ!」
玄関から廊下を通り、リビングへと向かう途中プロンプトは興奮気味に見て回っていた。
「でも、ノクト...ちょっと部屋散らかりすぎじゃない?」
「突然来るって言うからだろ、やるときゃやるし」
辺りを見回すと読みかけの漫画や、書類、飲みかけのペットボトル、衣類が置いてあった。
ソファに座り、テーブルへ買ってきたお菓子や飲み物を置き
ノクトはグラスを取りにキッチンへと向かった。
「ノクトちょっとだけ眠らせて〜...15分」
シギルは先ほどからの眠気に耐えられずソファに横になった。
「そんなに眠いの?大丈夫?」
「うん、大丈夫...30分したら起こして...」
「時間伸びてんじゃねーか」
グラスを3つ置いたノクトは、近くにあったタオルケットを取りシギルへと掛けようとした。
「ありがとうノクト...って、これいつ洗濯したタオル?」
「ちゃんとしてるわ、いつも!」
そんな二人のやり取りを写真に収めようと、プロンプトはカメラを取り出しレンズを覗きながら二人の近くへと行こうとしたその瞬間
カーペットの上に落ちていたプラスチックの何かに躓いて思い切りノクトへ体当たりしてしまった。
「のわっ...!!プロンプト!」
「ご、ごめん〜!っていうか、この部屋不明な危険物落ち過ぎですから!!」
四つん這いの様な態勢でカメラ片手にプロンプトは謝った。
「ちょっと痛いよ〜」
「わりぃ...っつーか俺じゃねぇし、プロンプトが...」
不可抗力により伸し掛かってきたノクトを両手で押しやりながらシギルは起き上がろうとした。
その瞬間、リビングのドアが開きそこには眼鏡をかけスーツを着た長身の男が驚いた顔をして立っていた。
「ノクト...これは一体」
「うわっ..イグニス、いやこれは...」
事情を知らないものからすると、女子を無理やりソファへ押し倒しそれを撮影しようとしているもう一人の男子...という構図にしか見えない。
「あっ、は、初めまして!プロンプト・アージェンタムです!」
プロンプトは姿勢よく立ち上がり、若干噛みながらもイグニスへと挨拶をした。
「あぁ、いらっしゃい。ノクトから話は聞いている、いつも世話になっているようだな」
「で、シギルな。覚えてるだろ?」
ノクトが立ち上がり、ソファに座るシギルを目で差すとイグニスは一瞬驚いた表情を浮かべたように見えたがすぐにそれは消えてしまった。
「あぁ。久しぶりだな」
「久しぶり...です」
10年以上ぶりの再会でシギルはどんな言葉遣いにしていいのか分からず、敬語になってしまった。
「それよりノクト。友達を呼ぶなら部屋をもっと片付けないか...こんな状態で呼ぶなんていくらなんでも失礼だろう」
眉間に皺を寄せ、イグニスは近くに落ちてる本や衣類を拾い上げながらノクトへ向かって言った。
「突然来ることが決まったんだよ、しょうがねーだろ」
「普段から使ったものをもとの場所に戻していればこんな風にはならないはずだ」
母と子の喧嘩を見ているような状況の中、プロンプトは呆気にとられシギルはハッと思い出したように立ち上がった。
(プロンプト、私ちょっとトイレ行ってくるね)
(え?あ、あぁオッケ!)
冷静にぐうの音も出ない言葉を並べるイグニスと、それに対抗するノクトはまるで反抗期の子どもの様だった。
トイレから帰ってくると今だに言い合いをしている二人がいたが、シギルはそれを遮るようにノクトへ話しかけた。
「ノクトごめん、来てすぐだけど今日は帰るね」
「おぉ、何だよもう帰るのかよ、夕飯食ってけば?」
「ありがとう、でも食べながら寝そうだから今日は帰っておく」
そう言って笑うシギルを見て、プロンプトはその場が幾分和らいだ気がしてホッとした。
「シギル、気を付けて帰ってね。今日は早く寝てまた明日ね〜」
うん、と言いながら鞄を持ちリビングのドアへと向かおうとするとイグニスと目が合った。
「...送ろう」
「え?」
持っていた紙袋をテーブルに置き、イグニスは車のキーを手に取り玄関へと向かった。
「おー、そうしてもらえよ。車なら寝てもいいし」
「うん、じゃあ..また明日ね」
先に行ったイグニスを追いかけるように向かうと玄関先で待っていて、ドアを開けエスコートをしてくれた。
「ねぇねぇ、ノクト。シギルと二人で大丈夫なの?会話とか弾むようには見えないけど...」
「ん?大丈夫だろ。昔シギルはイグニスにべったり甘えてたからな」
「えー!何それー!可愛いんですけどシギルー!!」
「ま、そんなだから年数経ってるけど心配いらねーって。とりあえず、ゲームやろうぜ!夕飯はイグニス作るし食ってけよ」
「マジで!?あの人料理すんの!?側付って何でも出来るんだね〜」
*******
エレベーターの中では会話はなく、何となく気恥ずかしい気持ちが膨らむ。
シギルが乗る側のドアを開け、座席に座るのを見届けてからドアを閉める所までしてくれるのが何ともイグニスらしいと感じた。
静かに車が発進し、夕方の若干混み合う道路を行き何度か軽い渋滞と赤信号に当たった。
停車中の車の中の静けさを打ち破ったのはイグニスだった。
「本当に...久しぶりだな。10年ぶりか?」
「覚えててくれたの?」
まさかそんな風に言ってくれるとは思わず、シギルはイグニスの方へと顔を向けた。
「勿論だ、忘れるはずないだろう。いつも両親と共に王都城へと来てノクトと遊んでいた...4歳から6歳頃までだったか」
イグニスは懐かしそうに目を細め口元に少し笑みを浮かべていた。
―『イグニス、だっこして!』
ついこの間の事のように思い出せる。
いつも屈託のない笑顔で自分に甘えてくるシギルはノクトよりも小さな存在に思え、守らなくてはと幼いながらに思っていた。
「よく...ノクトにやきもちを妬いていたな。抱っこをせがんできたのも覚えている」
「そうだった...お兄ちゃんもお姉ちゃんも居るのにイグニスに甘えてたね」
照れながら笑うシギルは、あの頃の面影を残していて
いつもイグニスを追いかけてきた姿と重なった。
「手のかかる弟と、小さな妹がいっぺんに出来た感覚だったな」
そんな話をしている内に車は静かな住宅街へと進み、シギルの家の前に止まった。
門を開ければ車も玄関までつけられるがシギルはここで大丈夫だと笑う。
イグニスは運転席を降り、シギル側のドアを開けた。
「送ってくれてありがとう」
「あぁ。今日はすまなかった、せっかく部屋に遊びに来ていたのに見苦しいところを見せてしまったな」
つい先程見たノクトとの親子喧嘩のような場面が蘇る。
「ノクトの下着が落ちていたのは見ないふりしておいたよ..」
ふざけて切り返すとイグニスはフッと声に出して笑った。
「また、懲りずに遊びに行ってやって欲しい。立場を分かり合えて話せる友人がいるのはノクトも心強いはずだろうからな」
シギルは頷き、門の鍵を開けた。
「それから...」
言いかけて少し躊躇したイグニスを見つめ、次の言葉を待った。
「腰回りを冷やさないように...冷たいものもなるべく控えた方がいい。今日はゆっくりと風呂で温まるといい」
初め何を言っているか分からなかったが、すぐにシギルは理解し思わずスカートの後ろを手で隠した。
「え!汚れてる?」
「いや、そうじゃない。大丈夫だ。ただ、眠そうにしていたから..」
そう言って少し伏し目がちになるイグニスを見て、よく見ているなとシギルは感心した。
恐らく、トイレから戻ってきたときに少しお腹を押さえていたのを見逃さなかったのだろう。
「うん、ありがとう。今度はイグニスのご飯食べたいな」
「勿論。シギルが好きなものを作ろう」
「じゃあ、ノクトも喜ぶベジタブルコースで」
そう言って二人で笑い合った。