回線の不調だかなんだか知らないが、MANKAI寮のwifiが繋がらない状態になって早数日。監督ちゃんは修理が来るのに2、3日っつってたけど、休日を挟むせいで週明けにしか来れねえらしい。今日からイベクエ始まるっつーのにマジ最悪。wifiない状態でソシャゲとか、低速待った無しじゃねえか。絶対ぇ至さんも不機嫌だ。
至さん苛立つとまじクエストに影響すっからなあ、なんて思いながら、横で食後のデザートにシュークリームなんか食ってやがる十座を意味もなく睨む。
「んだよ、やんねぇぞ。」
ちげーよバーカ、誰がんな甘ったるいもん食うかっつの。俺から隠すようにシュークリームの入った皿を庇う馬鹿にため息をついて今日どうすっかなあなんて考えていると、珍しく休日の昼から至さんが談話室に現れた。
てっきり不機嫌の塊みたいになってんだろうななんて思っていたが、そうでもないらしい。ていうかなんならどっか出かけんのかって感じの外面の良い至さんだ。
「万里、絶好のwifiスポット行くから用意。はよ。」
いつものスカジャンを着てないと思ったら、そういうことか。そもそも今日は至さんとゲームする予定だったし、断る理由もない。俺は「っス」と挨拶なのかなんなのかわかんねぇ会話をしている十座と至さんを残し、談話室を後にした。とりあえず財布とスマホとジャケットだ。
▼▲▼
絶好のwifiスポットっつうのはなんてことない、なまえさんの家だった。
至さん曰くなまえさんは仕事の関係で最速のwifiを契約しているらしい。なんでも重いファイルを頻繁にやりとりするからどーのこーの。
なまえさんの家に着くなり我が家のようにソファに寝転んでゲームを始める至さんに対し、なまえさんは怒るでも呆れるでもなくこれまた当然のように台所に立つ。ちらっと至さんの方を見たらちゃっかりスマホの充電までしてやがった。へいへい、慣れ親しんだ彼女様の家ですってか。ちくしょう。
「万里くん、コーヒーで大丈夫?」
「あざっす。」
さすがの俺でも至さんのようにいきなりゲームをするわけにはいかず、とりあえずなまえさんに付いて台所に立つ。つっても来たはいいが、手伝いって何やりゃいいんだ。手持ち無沙汰でなまえさんの後ろをウロウロしていたら、「食器棚からマグカップ持ってきてもらえる?」とありがたい指令が出た。
「なんか色の指定とかあるっすか?」
「なんでもいいよー。」
食器棚には4つ、同じ形で色違いのマグカップが行儀よく鎮座していた。なまえさんの趣味なのか、洒落た品のいいカップだ。まず俺は買わない。ていうか至さんも多分絶対買わねぇな。
そもそも4つある時点でそんな気はしていたが、色の指定がないってことはわざわざ2人用に買ったもんでもないらしい。まあこの2人に限ってお揃いのマグカップとかって柄じゃねえか。妙に納得して、適当に3つ出す。
「ありがとー。はいこれ、牛乳と砂糖はそっちにあるから必要なら適当に出しちゃって。」
「っす。」
なまえさんが「至、ん。」と言って至さんにマグカップを差し出すと、至さんは「ん。」とスマホから目も離さずに受け取った。あー、こういうの、夫婦っぽいっつーかなんつーか。お互い超ドライなくせに、殺伐とした雰囲気ではないってのは正直ちょっと羨ましい。
なまえさんは、美女でもなけりゃ、特別スタイルがいいわけでもない。まあ普通に可愛いと思うし、ガリガリの女に比べりゃ女っぽい丸みを残しつつ決して太くはないなまえさんくらいの方が、正直男としてグッとくるものがある。つーか超柔らかそう。って言っといてなんだよとは俺自身も突っ込みてえが、まあなまえさんの良いところってヤツは見た目云々よりも心の広さなんじゃねえかと思う。自分も仕事してんのに、休日に彼氏が友達連れて家にやって来るとかありえねぇ。んでもって寝っ転がってゲームしてるとかもっとありえねぇ。なまえさんの心の広さカンストしてんじゃねえの、まじで。
「なんか邪魔してすいません。」
いや、ちょっと考えたら結構これってやばい状況じゃね?至さんもなまえさんも当然のように受け入れてるっぽく見えるけど、俺の居場所ココじゃない感まじパネェ。なまえさんは「むしろ万里くん居ても居なくても至はこんな感じだからなあ」って笑ってるけど、そうじゃねえよ。つーか至さんあんたが一番やべーんだよ、なんで当たり前のようにゴロゴロしてんだよ。
「万里、そろそろはじまる。」
「あ?あー、まじか…」
当初の目的のイベクエが始まるっつー時間になって、俺も後ろめたさを抱えつつアプリを立ち上げる。なまえさんは気にすんなって言ってくれてたけど、本当にこれ大丈夫なのか?後からこれが原因でケンカしましたみたいなオチになったりしねえよな…っつかまじなまえさん家のwifi速ぇ。読み込み超速ぇ。なんだこれ。最速wifi伊達じゃねぇなオイ。
「何、イベント?じゃあ時間かかる?」
「んー、まあ、それなり?」
「オケ、じゃあ私あっちの部屋にいるわ。なんかあったら呼んで。」
「りょ。」
「万里くん、ごゆっくりー。」
「え、なまえさんが部屋出るんすか?」
当然のように家主が気を使って部屋を出るとか、おかしいだろ。いや俺が言えることじゃねえっつのはわかってるけど。つかまじで何でなまえさんこんなに心広いわけ?天使…っつーのはちょっとイメージ違ぇな。これでなまえさん結構適当なところあるし。…母ちゃん?いや、いやいやいや。でもまあ、こんだけ包容力あって顔もそこそこ可愛くて、それこそ至さんみたいな干物ゲーマーじゃなくても、なまえさんならもっといい男捕まえられるっしょ。もっと大事にしてもらった方がいいんじゃねぇの。ていうか仮に俺ならもっと大事にするわ。
「なまえさんって正直至さんのどこがよくて付き合ってるんすか?」
「え?顔?」
「は、マジか。」
間髪入れずに言い放ったなまえさんに、ここにきてから初めてじゃね?て思うくらいにはゲームに熱中していた至さんがやっと顔を上げる。それでもどっか余裕みたいのがあるっつーのが腹立たしい。
「まあ顔は冗談半分として、一緒にいて楽だからかねー。至がこんなんだからこっちも繕わなくても文句言われないでしょ。」
「へえ…」
「冗談半分て何。詳しく。」
「曝け出して受け入れるって大変だけどねー。ま、万里くんも頑張って。」
ニヤリと笑いながら無責任に頑張れと言うなまえさんは、ちょっとだけ至さんに似ている。なんだよ、似たもの同士かよ。っつか曝け出すとか受け入れるとか、なんだかんだやっぱこの二人は大人なんだよな。俺ぐらいの歳じゃそんな余裕ねえわ。やっぱ大人の女っていい。
ひらひらと手を振ってリビングから出て行くなまえさんを見送って、さて、と至さんが改めてスマホに目を落とす。アプリのタイトル画面で流れる壮大な音楽を横で聴きながら、俺も同じアプリをタップした。
「ま、万里も大人になりゃなまえの言ってた意味がわかんじゃない?」
「はあ?なんすかそれ…」
あんただけには言われたくねえっすわ。なまえさんと同じようにニヤリと笑う至さんに舌打ちをして、俺は始まったばかりのイベクエを展開する。隣で至さんが「あー、俺レベリング中のやつでいくわ。紙装備なんでよろ。」とか呑気に言いながらもうだいぶ冷めてしまったカップに手を伸ばした。お揃いのマグカップとか揃えるようなベタベタした関係じゃなくても、お互い素を見せれる相手ってか。
「あー、あんたまじ幸せもんだよ。羨ましいわ、クソが。」