探し物
#01 探し物
カラン、と音を鳴らして喫茶ポアロの扉が開いた。安室透は視線を向けて、入ってきた女性に目を向ける。常連ではないお客様、少なくとも自分のシフトにはお会いしたことのない人だった。
「いらっしゃいませ」
「この席でもいいですか?」
店の奥、テーブル席を選択した彼女は「ええ、どうぞ」と言った言葉を聞くとソファー席ではなく手前の椅子に座った。待ち合わせだろうか。
「あの、アイスのカフェラテでお願いします。あと、あとで一人来るかもしれません」
「かしこまりました」
昼下がりのポアロには、数人の客と、なにか手紙のようなものを眺めている女性がいた。癖毛かパーマか分からないが、ふわふわとした髪の毛の彼女は、読んでいた書類を机に置くと、鞄から小さなサングラスのケースを出した。そして、丸目のサングラスのを出すと、店内であるのにかけていた。その姿が、懐かしい友の姿と重なりカランとなった扉への反応が遅れる。
「あ、いらっしゃいませ…あれ、佐藤刑事?」
「こんにちは、あ、えーっと、待ち合わせなの」
「──佐藤さん」
そう名前を呼んだのは、丸いサングラスをかけた彼女だった。同じように息をのんだ佐藤刑事の反応で確信する。
「お久しぶりです、今日は突然ごめんなさい」
サングラスをずらしていたずらに笑う顔、もしや、と仮説がよぎった。それと同時に心臓がバクバクと音をたてる。
「久しぶりね。澪さん」
「まずはお礼を言わせてください。兄の、犯人を…捕まえてくれてありがとうございました」
深々と頭を下げた彼女は、お礼とは裏腹に何か強い目をしていた。そして、やはりと言っていいのか彼女は…アイツの妹か。
「お礼なんて…本当はもっと早く、捕まえられたら良かったのだけど」
「いえ、いいんです。いつだろうが結果は変わらなかったと思います」
松田の妹が、刑事である佐藤美和子に何の用かと興味が湧く。聞いた情報だと、松田が惚れていた女だった佐藤美和子は、刑事課でも人気。しかし、最近になってその佐藤美和子の婚約説も、と、要らない情報だと思っていたが、松田の好みはこんな女性だったのかと聞く程度だった。
「それで、相談って?」
「お忙しいところごめんなさい。えっと、…今さらではあったんですが、兄が貸倉庫を契約していたことが分かって…。そこを空けないといけなかったので、掃除しにいったら…その、」
キョロキョロと周りを気にするように、鞄から1つの包みを出した。不安そうに眉を潜めながら、どこか怯えながら。いったい何かと盗み見れば、呆れて何も言えなくなる。
「こ、これ…」
「拳銃…ですよね、私、触っちゃったし、それに…倉庫にパソコンとか、仕事に関係ありそうなものとかあって…。ごめんなさい、こんなこと、交番のお巡りさんより佐藤さんにお話しした方が色々と、いいかなって」
「…松田くん、実はその、死因も…爆弾によるものだから。彼に渡していた銃がなくても仕方のないことと言われてたの。…そっか、そんなところに。…ねぇ、その倉庫の場所教えてもらってもいい?」
「あ、もう中のものを全て私の家に運んでしまったので。一応お伝えしますね」
そこで彼女がメモを探すより先に、ポアロの電話メモ差し出した。驚くような目は、アイツの記憶と重なる。
「松田、大丈夫か?」
「…まさか、降谷に助けられるとはな。お前、俺のこと嫌いじゃなかったのかよ」
「気に食わないだけさ」
「それを嫌ってる、っつーんだよ」
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「あ、ありがとうございます」
サラサラとボールペンで住所と貸倉庫の番号を書いて、佐藤さんに渡していた。お礼と共に返されたメモ帳には、筆圧から住所を割り出せそうだ。それより、松田、お前…死んで妹に迷惑かけるなよ。
「ありがとう、とりあえずこれは預かるわね。荷物とか見させてもらってもいいのかしら?」
「むしろ見ていただきたくて…」
「わかった。警部に相談して、出来る限りあなたに迷惑がかからないようにするわ」
「助かります」
重い息を吐き出して、彼女は重荷がとれたように安堵した表情を浮かべた。普通に生きている人が、拳銃を目にするなんて無いのだから当たり前か。
「あの、それと…もうひとつあるんです」
「ん?」
「実は、」
pppp…
「あ、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
佐藤刑事の携帯が鳴り、一時中断となった。水のなくなったグラスに注ぎに行けば、彼女は懐かしむようにサングラスを見ている。丸いサングラスなんて一昔前のチンピラみたいだと言ったのを思い出した。それでも怒ってたな、あいつ。
「お兄さん、どんな人ですか?」
「え?」
「警察の人だったんですね」
「…そうなんです。どっちかと言えば、警察に怒られる方だったのに、まさかなるなんて思わなくて」
「妹には反対されてる、警察官目指していること」
「妹?居たのか」
「まぁな。俺とは正反対で真面目な奴でさ」
「お前が不真面目なだけだろ」
「…あの?」
「ああ、ごめんなさい。昔、本当に警察なのかなって思う刑事さんがいて。その人のことを思い出しました」
「警察の方に知り合いが?」
「探偵をやっておりまして」
「そうだったんですね」
電話を耳から外して、ばつが悪そうに彼女に目を向けた佐藤刑事は「ごめんなさい」とはじめた。
「事件が起きたみたいで。ごめんなさい」
「あ、大丈夫です。取り急ぎ…先程の件をお伝えしたかったので…」
「どんな内容か聞いてもいいかしら?」
「あ、えっと、人探し、です」
「そう、わかった。出来るだけすぐ空いてる日を…」
人探しであれば、と名乗りをあげたのは言うまでもなかった。安室透は、はい、と手をあげて彼女に名刺を渡した。
「人探しであれば、僕でも何かお手伝い出来ることがあるかもしれません」
「え?」
「探偵ですので、こういったことはしてきましたし」
「そう?…どうする、澪さん。わたしは別にどっちでもいいわよ」
「えっと、」
「とりあえず、お話だけでもどうですか?佐藤さんと僕と二人に話してもいいのではないでしょうか?」
松田にそっくりな髪の毛がふんわりと揺れた。お願いします、と下げられ、何かひとつ許された気がした。あいつの死を知ったのは、随分と後だった。萩原を殺した犯人を捕まえると言って呑んだのが最後か。それから組織に潜入し、ひといきついたときには同期はもう…。
「それじゃあ澪さん、またね。埋め合わせするわ、ごめんなさい」
からん、と音をならせて佐藤刑事はポアロをでた。彼女が飲んでいた代金をこっそりと安室透に渡して。それから、安室透はマスターに一言二言断りをいれるとポアロのエプロンを外してホールに出てきた。
「お待たせしました。それで…どなたをお探しですか?」
真っ直ぐと見つめられた瞳に、澪は息を飲んだ。さらりと揺れる金髪も、褐色の肌も、髪の毛に合わせたような瞳の色も、全てが綺麗だった。おもわず目を合わせられなくなって、誤魔化すようにメモ帳に視線を落とす。
「あの、名前とか」
「ん?」
「名前も、苗字しかわからないし、顔写真とかもなくて、それから…年齢や性別も、分からないんです。それでも、探してくれますか?」
「…できる限りはしますよ。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「はい、なんでも」
「澪さんと、どのような関係の方でしょう?」
探し人というには、情報が無さすぎる。まさか、駅ですれ違った人やカフェの店員とか言わないだろうか。
「兄の」
「…お兄さん、の」
「兄が貸倉庫に、その人から借りたものが出てきて、届けたいなって」
それにしては時期がもう大分経つが、それについては触れてもいいのだろうか?ただ、家ではなく、貸倉庫にわざわざ借りたものを置くなんてあいつはいったい何を。拳銃だけでは飽きたらず、何か他にも隠し持っていたのか。あいつは萩原が殉職してから、強引な操作になったと聞いていた。もとからおとなしい方ではなかったが。
「分かりました。では、わかっている情報だけでもいいですか?」
「あ、はい。…名前が、」
からん、と音をならせてお客さんが入る。しかし、そのことにもとらわれずに安室の耳は名前を聞き入れた。
「え?」
「その、…みどりちゃんと、れい、って人です」
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