どうやら今日の出陣で造り貯めていた刀装が随分減ってしまったらしい。一振りとて消失していないのだから、それくらい安いものだ。そう伝えればこいつは頬に赤を差し「さすが、主」と小さく呟いた。他の刀たちとのコミュニケーションをみていると、綺麗な顏をして随分刺々しい言葉を口にする奴だと思っていた。そんなこいつがこうも素直に、言葉や表情にだすのだと思うと何とも飲み込み難く感じる。
顕著させた人間を主とする刀剣男子たちはその初めからある程度わたしを慕っていてくれているようだが、別に盲信して一から十まで良くしてくれるわけではない。こいつらは最早ヒトの形を持ちヒトと同じように思考力を持つ。それは長年の経験から、わたしの及ばぬところまで見通す者もいれば、上手くいかずに年相応(に見える)の思考力に留まる者まで居る。露骨に嫌う者はいないが、長谷部は顕著したその時から今の今までわたしの言葉に否定を口にしたことがないし、いつも献身的に尽くしてくれている。どうやら刀であった時にあった出来事が原因のようだが、馬鹿なやつだと思う。



刀装の量産のため長谷部を近侍から外し他のやつを就けた。近侍にと頼んだ粟田口の一振り、薬研は軽快な様子でわたしを「大将」と呼び僅かな言葉を交わすと刀装作成へ向かった。長谷部の一人にずっと近侍を任せていた訳ではないため薬研にも幾度か頼んだことはあったが、それもいくらか遡るほど前になる。気が付けば、随分と長く長谷部を側に置いていたと思う。薬研から長谷部にしたときは、彼はあれを不器用なやつだと称し宜しくやってくれと笑っていた。それに対し長谷部は、時間が止まったように表情を固めたあと短く是と口にした。なんとなく、それが気に入らない。



刀装造りは中々進まずにいた。新しい時代への出陣と並行しているため、資材と相談しながら行っているせいだ。わたしとしては早いところ数を確保したいところではあるが、中々上手くいかずただ日にちだけが経っていく。薬研に何となしに愚痴れば「そうかそうか、大将」と意味深な笑みを浮かべる。その意図が読み取れず、彼の背中を引っ叩き早く出陣するように促した。薬研と入れ違いで燭台切が部屋に入り二番隊の帰還を知らせた。


「負傷はどうだ」
「加州くん獅子王くんが中傷、鶴丸くんが少傷みたい」
「そうか」


中途半端な資材を確認すれば、三振りくらいの手入れには問題なさそうだ。もう一つ造るかと悩んだ挙句やめてよかった。しかしそれ程カツカツだ。燭台切に急ぎ一番隊の出陣を中止させろと伝えると、そう云うだろうと長谷部くんが少し待てって、止めていたよ。とウインクをしながら爽やかな笑みを見せる。近侍でもないのに資材を確認しているのだろうか。酷いワーカホリックだ。
その夜、結局あの後の出陣は取り止め皆好きなように一日を過ごしていたようだ。なかなか難易度の高い任務を押し付けられたようで、思うようにノルマの達成ができていない。上からの文句を適当に聞き流し適当に掴んだ一升瓶を片手に持ち縁側へと来た。この本丸を築く前は専らビールであったが、刀剣男子たちは好まなかったようで今は置いていない。食事からそのまま宴会と化した部屋からはまだ笑いと騒ぎ声が聞こえてくる。誰が参加しているのかは知らないが、どうせ次郎太刀を筆頭にしたいつものメンバーであろう。延々と続く文句に食事を逃したわたしは今更飯を持ちあそこに混ざる気にはなれなかった。だからといって、皆で食べるという行為に馴染んでしまったいま、自室で一人食事を摂ることに何となく違和感を覚える。大人しく宴会に混じる手も考えたが、空腹の今であれば僅かな肴ではすぐさま次郎に潰されるのが目に見えている。まあ、偶には一人月見酒も悪くはない。この空間では日時の流れはあれど季節の変化はないに等しい。ついこの間まで長谷部の神気によって満開を誇っていた桜はその身を潜め葉桜となっていた。


「――主」


噂をすれば、と声の方へ向くと心配そうにこちらを見つめる長谷部が盆を持ち立っていた。盆にはいくつかの小鉢がのせてあり、温かい匂いに食欲を誘われる。視線を小鉢に奪われていると、長谷部はすぐ側に膝をつきひとつひとつ丁寧に説明をしながら手際良く料理を並べていく。伏せた瞳は長い睫毛に月光を遮られ影に覆われている。サラサラと動く前髪にあわせ影が緩く動く姿にじれったい思いがうまれ、前髪に手を伸ばす。


「あ、の、あるじ…」
「長谷部、杯は?」
「は、はい、いや、いえ、持ち合わせは」
「付き合ってくれる?」


随分口籠って云うものだから、思わず笑いながら返すとあの日と同じように少しの間固まってから是と返答した。
何故誘ったのか自分でもわからないが、恐れ多いと初めて拒否を口にしたこいつを黙らせて酒を注げば、躊躇うような素振りを見せながらも嬉しそうにその杯に口をつけた。わたしは並べてある小鉢の一つを手に取り、きんぴらごぼうに口をつける。味付けも丁度いいし、上手い。ただいつもと味が違うように感じ、燭台切や歌仙が肴ように作ってくれたのかと思い浮かべたが、燭台切はいつものように次郎に巻き込まれているだろうし歌仙はさっさと床に入っているだろう。今日の夕食当番に変更があったのかと長谷部に問えばいつも通り燭台切と歌仙だと答えた。


「それじゃあこれは、燭台切か歌仙が作ったのか?いつもと味が違う」


それに、食事にするならば少し濃いであろうと呟けば、長谷部は俯き申し訳ありませんと謝意を口にする。再び口に含み返答を待つと、眉を下げた長谷部がざっとこちらに膝を向ける。不安と熱と、色々なものが混ざったその眼を見つめていると捨て犬か何かのようだ。刀であり人であるこいつを畜生のようだと思ったなどと云えば、怒るだろうか、泣くだろうか。わたしなら、許すのだろうか。よく考えれば、わたしのコミュニケーション能力は人より劣っている。過去を知る刀であれ、相手は思考を持つヒトであるのだから、そう簡単に心は読めない。逆にわたしの何倍もの長い年月を過ごしてきた刀たちだからこそ。


「僭越ながら、俺が作らせて頂きました」
「へ」


その言葉に顔を上げればこいつは頬を染め気難しい表情を浮かべ俯いている。わたしより幾分か高い背の男の旋毛を見ることになるなど、審神者になる前には想像もしていなかった。そして、わたしを気遣いこんな夜更けにわざわざ肴をつくってくれる存在ができることになろうとは。


「夕飯を摂られていらっしゃらないと、聞いたもので…なにか、と」
「…ああ」
「肴でしたら味付けはこれぐらいが宜しいかと」
「…ああ」
「…気が付いて頂けて、」


嬉しい、と続けた長谷部に疑問を口にすれば、燭台切の食事の味を覚えていて嫉妬したのだと答えた。酒のせいか、素直に思考を口にするこいつがいつもよりずっとずっと愛しい奴だと感じる。なんだ、こんなことを云えるのか。上手いと述べれば嬉しそうに顔を上げ注ぎます、と一升瓶を手にする。注いでもらいながら、出陣していない間お前はなにをしているのだと聞けば、どうやら近侍と変わらぬことをやっているようだ。薬研がいるとはわかっているのですが、と苦笑する姿はいつもより幼い。なんだ、こんなに慕ってくれていたのか。近侍でもないのに、近侍の仕事をしてしまうまでには。求められていないのに、やめられない姿に、愛しいとも可哀想だとも思う。こいつを近侍にしたところで大した問題はないが、同情でされるならと怒るのではないか。「主の御慈悲が、身に沁みます」そんなことなかった。キラキラと瞳が輝いている。



「ならひとつ、頼まれてくれないか」
「はい、主命とあらば」


次の日の朝、わたしの隣に戻った長谷部の神気により本丸は季節外れの桜が吹雪いた。花弁にまみれたわたしを笑って、薬研は嬉しそうに「あいつも中々の意気地なしだな」と云った。


150817

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