公僕というのは思ったよりも気疲れのする職だった。様々な情報が撹乱し敵味方関係なくいつ殺されるかわからず時には食事にも困るような傭兵業よりはマシかと誘われるがまま軽い気持ちで公僕へ下ったがあまりにも軽率であったように思う。最も、傭兵を職にしていたのは銃を持つことにしか才能が得られなかったわたしでもそこそこの給料が貰えるし、自分の身に余るスリルを感じられるから――であったが、仕事に追われ同じことを何度も考えても昔から浅慮であることを再確認するだけだった。成長がないのは物悲しいことだと世間では云うだろうが、気にするような性格ではないからこの先もずっとこのままなのであろう。現に傭兵職より給料は貰えるしスリルもある。但し自由と引き換えに国家機密に触れたこの身は自由からは遠く離れなにより管轄だの何だのと要らぬ世話が付き纏う。セブロをしまい煙草に火をつけながら辺りを見回していると視界の横から手が伸びた。背を預けていたサイトーが義体の指で煙草を握りつぶすと同時にバトーの金切り声が電脳に響いた。


「煙草も高いのに」


片手で数得る程度ではあるが、傭兵時代の幾つかの作戦を共にした馴染みある背を眺めながら後を追う。こいつも真面目になっちゃって。遠くから銃声が聞こえたと同時に速度を上げた。


「お前まだ落ち着かないのか」


唐突に投げ掛けられた肉声に背中から後頭部へ視線を移動させるもサイトーは前を向いたままだった。作戦中無駄話をしない事もないが、電脳通信でないことは珍しい。


「随分と余裕ねえ」


まあ奴さんの練度も高いわけではない。統率も取れておらず奇襲に対して無闇矢鱈と撃ちまくってくるような奴らは敵ではない。しかしこうゆう事を気にするのはわたしではなくサイトーであるのが常であった。返答のないまま左右に分かれ壁に背をつける。向こうを伺えば目的の部屋の前には2人の警備兵。先程の会話も全身義体であれば届きそうな声量であるが直立したまま。サイトーのサインに合わせて難なく突入した。


「それで、いきなりなんだったの?」


目的の端末にたどり着きデータの抜き取りを行うサイトーに背を向けて話しかけた。警戒はしているものの、武装済みとはいえ所詮は一企業の用意した人材だ。あの戦場のような緊張感はない。「後ろ」「うしろ?」声の方へ顔を向けると視界に入った銃口に反射的に回避行動を起こす。大きな音と共に自分が立っていた地面が蜘蛛の巣のように破損した。これはまた随分と大きなサイボーグだ。大木のように太い大腿に脚を着け利き足で思い切り顔面を蹴りつけると部屋の外へ逆戻りしていったサイボーグの後を追う。崩れた体勢のまま握られた銃口がこちらを向くも、弾丸が放たれる前にその腕を両手と体幹で抑え上腕から蹴り折る。反対の腕が回し蹴りのように鋭く迫るものの背部を沿わせて回転しながら避けた。間抜けにも晒された後頭部に弾を撃ちこめばあっという間に静寂が戻る。


「お前いつから全身義体になった?」
「いつだったかなあ」


どちらかといえばバトーと組み現場に突入することが多いがこの身体になってから大分時間が経っているし、その間に組んだ記憶もあった。今更?と首を傾げるが元から義体率が高かったから仕方ないのかもしれない。悠々とコードを抜きとったサイトーが立ち上がるのを確認し再び走り出した。残りはこのデータを持ち帰るだけだ。何事もなく現場の近くに置いていた車に乗り込み過ぎていく街灯を眺めていればわたしのものではない紫煙が立ち込めた。


「いつかお前には逃げられそうだとバトーが云っていた」


お前、あいつよりわたしのほうが付き合い長いだろう。不意の笑いを堪えているとサイトーの右目がこちらをギラリと見遣った。


「心配しなくても、黙って居なくなるような事はしないわよ」


どの道逃げられないだろうし、ね。


160318

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