好きで入った職場とはいえこうも仕事に追い詰められすぎると嫌になってしまうのは仕方がない。カレンダーの青い日も赤い日も関係なく職場のデスクに縛り付けられている日々に溜息が零れないはずがない。みんな仕事が好きだなあ。風見さん、今日は何だか一段と張り切ってる。疲労困憊の脳が糖分を欲するが、コンビニに向かう気力はない。そんな時間があるなら例え雀の涙程の時間であろうと仮眠をとる。それでもどうしても稼働率が悪い脳みそに餌をやるため、ドロドロに甘いものでも飲もうと給湯室に向かうが生憎紅茶の缶は中身は空のまま錆びついていて、目に入るのはいつものコーヒーサーバーだけだった。旨いか不味いかなんて疲れ切って馬鹿になった味覚では誰も感じ取ることができないが、こうして向かい合うと安っぽい香りに更に肩を落とす羽目になる。淹れたはいいが手を付ける暇がなく常時珈琲渋が残る愛用のマグに珈琲を注ぎ乱雑に封を切られ袋のまま放置されているスティックシュガーを数本手に取った。「ミョウジ?」そこへ目の下にくっきりとした隈を拵えた降谷さんが空のマグを片手に現れた。サーバーの前から退いて道を開けるとそこへマグが置かれた。もちろん降谷さんのマグにも珈琲渋が装備されている。しかし、この部署に女なんて数える程度もいないだろう、しかもこんな身形に気を使わない女は私くらいだ。疑問形で声を掛けられたことを不思議がっていれば「ミョウジはブラックしか飲まないと思っていたから」サーバーが音を立てると湯気が立ち込めた。なるほど、と返すと緩く笑みを浮かべていた降谷さんが私の珈琲へと視線を変え、今度はわかりやすく眉間に皺を寄せた。「なにそれ。糖尿病にでもなるつもり?」「デザート代わりですよ」珈琲というより珈琲味の砂糖と化しているマグの中身へスプーンを突き刺すとしゃくりと飲み物とは云えないような音がする。それをひと匙口へ運ぶと、非難めいた視線に晒される。「一息ついたら旨いデザートでも食事でも奢ってやるから、人に戻ってこい」この世で一番嫌いなものを見つめるような渋い顔をしている降谷さんがブラックのままの珈琲に口をつけた。「降谷さん、今とてつもない顔してますよ」いつも表情が顔にでているとか顔を見ればすぐわかると馬鹿にされている私なりの仕返しだった。ばぁか、と私の額を小突いた彼はいつも通りの表情に戻ったものの、そこにくっきりと刻まれた隈がアンバランスでありえないくらい完璧な上司の人間味を肌身で感じたことに少しだけ疲労が飛んで行った気がした。ところで今とても良い事を聞いたのだが、一息つくというのは一体いつのことになるのだろうか。

160517

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