恍惚し訴えるもちの姿に、濃姫は思わず変態と噂される馴染みの姿を思い浮かべた。常日頃から慕ってくれているもちの手前、申し訳ないと僅かながらの謝意を浮かべたが不可抗力である。今のこの姿はその馴染みと肩を並べている。こんな一面がこの子にあるなんて。嘆きは喉奥に押し込める。


「褒美?」
「はい。信長さま。褒美にございます」


ぷっくりと濡れた桜色の唇から甘い猫撫で声と吐息が漏れる。白魚のように白く美しい輝きを纏う指がするりと刃を撫でた。昂ぶりのせいか獲物を持つ手が震えている姿を見てまたや馴染みと面影を重ねた。この状況で頭を抱える以外何をすれば良いのだろうか。濃には検討がつかない。


「良いだろう。して、お前は誰を望む」


主君より是の返答を貰えばもちは恋する乙女のように頬を染めて艶めかしく口を開く。矢張りおかしい。おかしいのだ。この話はそんな顔をしてするものじゃない。


「もちろん、光秀様でございます。光秀さまの御首級を」


仰々しく頭を垂れて魅せたもちの細く艶やかな髪が光に透けて薄く輝く。信長が間を置かず是と答えると、ばっと顔を上げ満面の笑みを浮かべる。その所作だけをみれば主人に懐く犬のようであるが、その可愛らしい声で奏でる言葉は流石や流石、天下の織田軍の一武将の言葉である。濃は知っている。明智光秀と並びこの娘が可笑しな奴だと噂されていることを。


「…もち、もう少し違うものを褒美にしては?」


この時ばかりは上総介様もだ、とは口にしなかったものの心の中で呟いた。武将の一角を担うとはいえもちは年頃の娘だ。ならばと常々思うが彼女の口から飛び出すことは常軌を逸することばかり。家臣たちに織田一の常識人と謳われる濃姫には理解し難いことである。


「いえ、帰蝶さま。帰蝶さまはご存じかも致しませんが、光秀さまはこれはまこと、お美しい殿方であらせられます」
「…そう」


確かに姿見だけであればそうであろう。それは肯定するが、光秀の良いところとあればその程度である。それに目を背けてしまいそうであるがだから何故首なのだ。最早問いに言葉がついてこない。


「信長さまより褒美として承れば是非帰蝶さまもご一緒に」


可愛い顔をしてそこはかとなく血生臭い茶会の誘いを申し出る家臣に濃姫は唯ただ頭を抱えるのみである。


150712

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