※人肉食・流血表現



いつも通り血色の悪い光秀様が持って寄越したのは花とは違う甘い香りのした菓子であった。私は葉桜が陽射しを遮る頃に咲く、雪のような白を振り撒く梅の香が好きだ。手に乗るそれは確かに香しい、そして上等なものの香だ。賤しいが金目の物には鼻も効く。


「殿より拝領したものでありましょう。わたくしのような者には勿体なき」


嘘。本当は喉から手が出るほど食べたい。けれどこの変態にそう悟られるのは癪である。当の光秀様はそんな私の思惑が筒抜けであるかのように肩を震わせながら、それでも優雅に笑って見せて嫌な笑みを浮かべた。


「貴方の為に頂戴してきたものですから。信長公も私が食べるより貴方のほうがお喜びになるでしょう」


そりゃそうだ。この変態と比較されるとは思ってもみなかった。嗚呼、信長様。この変態の首を胴体と切り離す許可をください。今頃濃姫と仲睦まじい時間を過ごしているであろう主君の姿を思い浮かべては馬に蹴られたくはないと首を振って打ち消した。


「光秀様には感謝してもしきれませぬ。有難く頂戴致しまする」
「ええ、どうぞ」


光秀様はこれをかすてらなるものだと仰った。一口抛れば甘い味が広がる。幸せだ、この際変態から頂戴した物だとは考えないでおく。蘭丸は功績を上げれば信長様より褒美として金平糖を頂戴していると聞く。さすがに自分の命を懸けてまで金平糖とは思わないが、悪くも、ない。私では到底手が出せないような代物である故。決して安い女というわけではない。


「貴方は本当に美味しそうに食べますね。私も食欲をそそられますよ」
「あら…それは失礼を。あまり良いものは出せませんが何か用意させますわ」
「心配には及びませんよ。私にはこれで充分、ああ、充分すぎますね」


気味の悪い笑みを浮かべる光秀様の姿に思わず背筋に冷たいものが走る。彼に出されているのはごく普通の茶のみであった。稀代の変態が満足するようなものではない。冷や汗を隠すようにわざとらしく手を挙げてみせて襖の向こうに控えていた侍女に何か持ってくるよう伝えた。この男、なにを考えているかわかりゃしない。白昼夢のように消えてくれないかと願い当の人物へと視線を戻すと、


「はあ、綺麗ですねえ…」
「み…つ、ひで」


あろうことか振り返った私と距離のない位置にいた光秀様に驚愕し反射的に身を引いた瞬間、私の腹が一の字の如くまこと綺麗に掻っ捌かれた。無造作に倒れていく私を受け止めたのはただの堅い畳である。この野郎、光秀、絶対に殺す。そう息巻いても声はでなけりゃ利き腕すら云う事を聞かない始末である。なんという失態。


「ひっ…ひィ!もち様!もちさま!」


そこへ先ほどこの変態が興味を引くものを、という視線と共に申し付けをした侍女が戻ってきた。手にはそれは形の良い菓子が乗っていたが腰が抜けた彼女の手からは離れ私と同じように畳に転がっている。幾多の戦場を織田軍の将として駆けてきた私が、菓子と同じとは、まこと無様。信長様に申し開きなどできそうにない。自分自身でも驚くほどに冷静ではあるが、私の開いた腹はくっつくことなく内なる臓物が飛び出てきている有様だ。信長様、こやつの首を切り離して目玉まで毟り取ってやりましょう。


「ど、どうか。どうか介錯を…!嗚呼もち様…!もち様!明智様、どうか御慈悲を!」


腰が抜けているだけかもしれないが戦場とは無縁の侍女が死の象徴のようなこの男から逃げず口を開くとは。震える身体を隠すことなく泣きながら乞う姿はなんと嬉しきこと。しかし、良いからお前は私室にお戻り。相も変わらず言葉にならない母音だけを発する喉は諦め視線で訴えてみるものの彼女はこちらに向きもせず頭と胴体は永遠の別れを告げた。彼女の血が私の腹から零れ出る血に辿りつくと互いの物が紛れてわからなくなっていく。織田の智将と恐れられた私も所詮そこらの女と変わらないのであろう。


「嗚呼、本当、いい香りがします…上手く縫い付けたら何度でもこれを味わえるのですね…もち、私のためにもっと美味いものを食べてくださいね」


唯の人である私は食い破られた内の臓物は例え腹を閉じられてもまた蘇ることはないだろう。信長様ならどうにかできていたかもしれないが。嗚呼、最期は仲睦まじく過ごされている主の邪魔をし、濃姫様の膝の上お邪魔して迎えたかった。どうにも上手く、事は運べないようだ。


150624

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