「な、嬢ちゃん。大人しくしてたら痛い目には合わせないからな。ほら」
「ひっ…やっ、やめて…!」


日に焼けた手が伸びる。男らしい太く伸びる指に小指はない。義体率が低いのだろう、それか日本のトラディショナルな仁義というやつだろうか。その手が、彼女の白い手に触ろうとしたその瞬間。


「――なんていうと思ってるの?このウスノロ野郎」


白く細い指が男の手を食らいつくように掴む。見た目通り固くなった節を感じ、これは生身であると診断つける。


「さっさと動いてよね」


丸まっていた身体から赤いヒールの足が延びる。憎たらしいほど、透き通るような肌は恐ろしい力で男の腹を捉え向こう側の壁へ吹き飛ばし叩きつけた。背中を圧迫する壁がやけに冷たい。一発でノックアウトしてしまった男に脆弱な、と吐き捨てると壁を伝い立ち上がる。大きなスリットの入ったドレスが揺れる。


『末恐ろしい女だな』
『私の素晴らしい演技を褒め称えなさいな』


警戒は忘れず、15センチにもなるヒールからは音も出さず男に近付く。構わず頭を鷲掴むと首元を露出させ、長いドレスの丈に隠れていた身代わり防壁からコードを伸ばし男のQRSプラグに捻じ込んだ。その腕には長い潜伏調査によって我慢を強いられた彼女の鬱憤が隠されることなく堂々と姿をみせる。室内の監視カメラから覗いていたイシカワは苦笑を浮かべながら口を開く。彼女を慰めてやるか、と。しかし残念ながら、彼には彼女を喜ばせるような言葉を素直に吐く口などない。


『まったく、なんでうちにはこうマトモな女がいないのかね』
『ゴリラばっかりですって?殺すわよ?』
『言ってねえよ、少佐にチクるぞ』
『言いだしっぺじゃないの』


結局はいつものような軽口の応酬になる。彼女は電脳に流れてくる膨大なデータとそれに付き纏う障壁と対峙しているのだろう。ピクリとも身体を動かさず会話を続ける姿を見れば、ヤバイ相手ではないことがわかる。ただ、少しぐらい頼ってもいいんじゃないか、とイシカワはぼやく。年長者としての忠告なのか、彼女と男女の仲であるための心配なのか。半々くらいの気持ちではあるだろうが、深く考えるのは少々煩わしい。


『――きた!作戦の結構は今日○二○○!』
『よし。他の奴のデータからも恐らくその時間が濃厚だな』
『さあて、お上に弓引く不届き者を懲らしめますか。随分逃げてくれちゃって』
『奴さんも哀れなこった』


彼女が男からコードを引き取った直後だった。背を向けていた廊下に面する壁が爆発し仲間と思われる数名が雪崩れ込んでくる。一瞬の出来事にイシカワがためらいなく彼女の名を呼んだ。


『それが終わったら次は、イシカワ、貴方よ』


一斉に向けられた銃口から逃れるため、もちはドレスを翻し宙に舞った。身体を捻りながら隠していた二丁の銃を取り出し、男たちに向ける。――ドンッ。男たちが向ける銃が玩具に思えるような、彼女の銃口からは重たい唸りがあがり鉛玉を吐き出す。まずは、2人。姿勢を地面に添わせるようにぎりぎりまで低くし着地すると、赤いヒールが男の血だまりに突っ込む。横目でそれを確認したもちは軽く舌を打つと残りの男に向けて走り出す。繰り出される蹴りに倒れ銃に倒れ、立つ者は一人また一人を減っていく。


『へーへー、まったく、強いねえちゃんが揃ってるこった』


あっという間にもち以外の人は亡骸に変わっていた。彼女の実力を疑っているわけではないが、その姿にイシカワは安堵の息を小さく零すとまたいつもの軽口が飛び出る。少佐がいれば、子供のようだと笑われるだろう。


『女は強いのよ。さ、次行くわ。愛してる』


リップ音が響きそこで通話は切られた。見ていた画面にはこちらにウインクをするとドレスを翻し颯爽と壊された壁と亡骸を超えていく彼女の姿。頭を掻いて大人しく煙草を咥える。


「…さて、年寄りは黙って狩られるのを待つかね」


放っておいても彼女は数時間後には帰ってくるだろう。まだ始まったばかりの夜に、ただ鬱陶しくするばかりである。


150717

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