「なーんか、やな感じ」

今し方、敵軍の大将を倒したというのに。部隊一の偵察力を持つ加州が刀を構えたまま唇を尖らせる。

合戦場。歴史の修正を目論む歴史修正者たちを粛清するため、長谷部率いる一軍は己が主、審神者の生きる時代からほんの数百年程前の時代へと遡っていた。既に出陣を繰り返し見慣れた戦場であったため足早に大将のいる敵本陣へと歩を進め、特に負傷することなくこれを撃破したとき、その変化は訪れた。

加州が嫌な感じと称した気配と同じものなのかはわからなかったが、偵察が得意ではない燭台切や鶴丸たちにも感じられるほどその気配は大きい。と、云うよりもそれは禍々しい気配を持ちこちらを威嚇しているようである。皆が一様に刀を構えたまま、煤になりつつある敵大将首の向こうを睨む。

「これは、なんだ」
「驚いたな。新手か?」
「また検非違使かな」

軽口を叩けど視線は動かさず。六刀皆の本能が感じ脳裏に警報を鳴らす、目を背けてはならないと。じり、と砂を踏みにじる音が嫌に大きく聞こえる。最前線で立っていた三日月宗近がいつもの優雅さを忘れずゆっくりと口を開いた。

「―――くるぞ」

まるで影に浸食されるように、それに刹那のうちに呑み込まれた。瞬きを終えればそこには見慣れた戦場の姿は消え、違う風景が広がっている。反射的に仲間と背を合わせ、辺りを警戒する。周りを見渡せば見渡すほど訳が分からない。

確かに自分たちは屋外にいて、それも更に森の中にいた筈だ。それが今や目の前にはこの世のものとは思えぬ光景が広がっている。天は濃淡のない墨に塗りつぶされたように光は届かず、そこかしこに童のらくがきのような絵が浮いている。布地にビーズの目玉をつけた人形、馬を模したゆりかご、真っ赤なりんごの描かれた絵本。まるで玩具箱の中だ。

「まいったな。これだけ邪な気配は初めてだ」

肩の力を抜くよう賺した言葉を零してみせた鶴丸だが、その光景に好奇心が刺激されたものの己の手がじっとりと汗に濡れているのがわかる。

ただの絵ではない。そもそも童の絵は紙から飛び出して浮かびやしない。クレヨンで描かれたそれたちは壊れたブリキのようにぎこちなく動く。奇想天外なこの出来事に十分に頭を働かせたものの己には理解を示すことができないと結論付けた――その時。闇の向こうから絵と同じようにクレヨンで描かれた真っ赤なボールが地面をころころと転がってきた。刀剣男子は口を一の字に結びそれを注視する。

「――三日月ッ!」

一瞬にしてボールに刃が生えると目にもとまらぬ速度で、最前線に立っていた三日月目掛けて飛ぶ。他に追随を許さぬ機動力を持つ長谷部が一瞬にして三日月の前へと立つと、回転するボールを刃で受け止めた。毒々しい色をしたボールは衝力で受け止めた筈の長谷部を少しずつ後退させる。

「ぐ、ゥ…!」
「長谷部くん!」

長谷部を追って躍り出た燭台切が側面から刀を滑らせボールを弾き飛ばした。それもまた刹那、周囲には色とりどりのボールが出現する。

「清光、あれ何かわからないわけ!?」
「わかるもんならよかったけどね!」

背中を合わせた大和守と加州が向かってくるボールを次々と往なしていく。他の皆も同様に応戦するものの上手く斬れず、数を減らすことができない。また不意をついたように闇を向こうから何かが延びてくる。三日月は上段に構えるとそれを往なし、ボールを他に任せ闇をじっと見据えた。

「今度は本当の影か!」

影は童の手のようだった。往なされたそれは勢いを殺さずそのまま驚きに興奮気味の鶴丸へと向かう。好戦的な笑みを浮かべるも、視界の端の三日月がゆらりと動いた。

「遊びも終いにするか」

闇のほうへ飛翔すると振るった刀が文字通り影を切った。辺り一面の影が、絵が悲痛な叫び声と共に揺さぶられ消えていく。目眩のような感覚のあと、気付くと元の森の中に変わらず立っている。気配は嘘のように消え去り安堵して刀を仕舞う皆のうち、長谷部が三日月の背に気が付き声を掛けた。

「おい…三日月?」
「…拾い物だが、さて」

抜刀したままの三日月が自分の足元に視線をやりながら暗にどうするか、と問うた。皆が駆け寄り同じように視線を向けると、そこには和服に身を包み陶器のように白い肌の娘が横たわっていた。


150713→170226
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