星ひとつぶんの愛を足して

バレー部の部室は、部室棟の中でも大体一番最後まで明かりが点いている。「おわった」という短いメッセージを受け取って部室棟へ向かうと、しばらくして送り主が棟の階段から降りてきた。

「おつかれ〜」
「そっちこそ、遅くまでオツカレサマ」

答え合わせはしたことがないけれど、いまのオツカレサマ、は月島語で『待っててくれてありがとう』だと私は思っている。心の内でだけ『いえいえ好きでやっていることなので』と返しておいた。
だれも居ない教室で部活が終わるのを待つのも好きだけど、最近はたまにでいいから体育館で部活をしている姿を見てみたいな、と思うようになった。いまのところ気恥ずかしい気持ちが勝っているのでそれを月島に話したことはない。

「日向と影山の声外まで聞こえてたよ」
「ああ、よく分かんない擬音の応酬してたっけそういえば」

遠い目でそういった月島の顔からは疲れが滲んでいた。家の方向、逆じゃなくてよかったな。





校門を出たあたりで、私の少し前をのんびりと歩いている月島と肩を並べた。とはいっても、背の高い月島と肩の高さが合うはずもなく、隣の月島の顔を見るには首を傾ける必要がある。眼鏡の隙間から見えるまつ毛はもしかしたらわたしよりも長いかもしれない。

「月島んち今日ごはんなに」
「さあ?でも最近必ず肉がある…」

ちょんちょん、と白くて骨張った指をつつきながら問いかけた。

「え!最高じゃん!」
「僕はそんなに嬉しくない」

げんなりと呟く月島の手のひらがするすると私のと合わさる。

「ダイエットしてる女子みたいだね」
「ふうん?」
「イダダダダごめんなさいゆるしてクダサイ」

ぎゅ、と音が聞こえそうなほど私の右手を強く握る左手を、それでも振り解こうという気には到底ならない。
大きな手はすこしかさついていて、そして部活帰りのこの時に限っては顔に似合わずあたたかい。バレーボールにたくさん触ってきた証だ。月島の頑張りに少しでも触れられるのが嬉しくて顔が緩む。それが当人には強く握られてにやついているように見えたようで、ドン引いた顔をして手に込める力を緩めていた。






慣れ親しんだ通学路をふたり分のローファーのかかとで鳴らす。ぽつりぽつり並ぶ街灯と、それから誰かの家の灯りだけが道しるべの、のどかな帰り道だ。時々夜ご飯だろういい匂いも漂ってくる。さっきの話も相まってお腹が空いてきた。部活をしていない私が部活後の月島の隣でお腹を鳴らすのはなんだか恥ずかしくて、誤魔化すようにいつもよりも大袈裟な身振り手振りで今日あったことを話した。ぶんぶん手を動かすものだから気づいた時には繋がれていた筈の手は解かれていたけれど。

「……でも体育のときのあきちゃんメッチャ走るし飛ぶんだよね」
「へえ、意外」

同じクラスのあきちゃん。いつも授業は寝てばっかりでありとあらゆる先生に頭を叩かれている所を見るのだけど、実はとても運動神経がよくて、体育の時だけは機敏に動くのだ。体育は男女別だからそういえば月島は機敏に動くあきちゃんを見た事がないんだなと気づいたので実演してみせる。

「こう、ビョーンって」
「ちょっと!」
「わっ」

頭の中にあきちゃんを思い描きながら思いっきりジャンプした、その途端に珍しく焦ったように大声を上げる月島。え、バレー部からしたらへなちょこジャンプで見ていられなかったのだろうか。そんな熱心なタイプには見えないけどなあ。そうだとしたらせっかくだしお手本がみたいな、とねだってみせようか。
とにかく真意を探るべくその表情を捉えようとするけれど、月島の目線はどこか先へと逸らされていた。

「……」
「え、なに、なんなの」

何故か気まずいオーラが私たちをとりまくのに耐えられなくて言葉に詰まりながらも問いかける。やっぱり視線は交わらないままだ。

「……、見えそうだから、飛ぶのはヤメテ」
「なに……あ、あ〜〜、ごめん」

少しの沈黙を破ったのは、ぼそっと吐き出される照れ臭そうな声色だった。なんのこと、と思ったのは一瞬で、すぐに何のことを言っているのか思い当たった。思わず口から謝罪が飛び出る。
でも、月島しか見てないからいいんじゃないの?と思うも、それを言ってしまえばネチネチお積極モードに入るだろうことは想像に易かったので黙っておく。

「あのさ」
「うん?」

今度は月島の指が私の指の腹をゆるく撫でて、そうして開かれてのひら同士をひたりとくっつけた。月島から手を繋いでくることなんて滅多にないし、外ではもしかしたらはじめてのことかもしれない。にやにやした顔は暗闇にどうにか紛れこませるので、浮かれて声が弾むのは許してほしい。

「…前から思ってたけど春、ちょっとスカート短いんじゃない」

ぶっきらぼうな言葉が落ちてくるのと共にぎゅ、と、てのひらに力がこもる。今度は随分と優しく包み込まれた。

「…なに笑ってんの」
「んーん」

私の声色が気に入らなかったのだろう月島が少し歩を速めるものだから、繋がったままの手が引っ張られて足が勝手に動く。本当はそう長くもない帰り道だからできるだけゆっくり歩きたいんだけどな。まあいいか。


私も月島も、好きだと言い合って愛を確かめたり、心のうちを満たしたりすることがあまり上手でないほうだ。言葉のふちから気持ちが溢れて、それが本人に伝わる瞬間は何度体験したって照れ臭くて恥ずかしい。だからいつもはなんでもない会話を繰り返すことでどうにか普段通りを保っているつもりだ。
それでも脆いいつも通りは時折こうして簡単に壊されるし、それが嫌なはずもない。上手でこそないけれど、恋をしていると自覚するときのあたたかい気持ちは何度味わったって足りないのだ。

「好きだなって思って」

スカートを長くするつもりはないけれど、明日も私は放課後の教室で月島を待つのだろう。広い背中に向けて呟いた。