Bonheur
「私、叔父様に嫉妬していたの」

 ぽつりと静寂が支配する空間に音が落ちた。とある場所で、隣合わせで椅子に座っている僕達。あまり大きくないはずの声だったけれども、ここには魁利くん達は居ないし、周囲の音があまりにも低いボリュームであった所為か、その言葉はやけに鮮烈に鼓膜に焼き付いて。……いいや、もう分かっているはずだ。彼女の本音を初めてちらりと聞いた時のあの衝撃を、自分はまだ忘れていないのだから。
 ノエル、と幼く高い声で呼ばれるのが好きだったから、その声であの人のことも呼んで欲しくて、ずっと語り続けていた話がある。あの人がすごいとか、あの人が優しい、とか。嬉しそうに聞いてくれていたから、アルテミシアもあの人のことが好きなのだと安心しながら。

「ノエルとコグレが、楽しそうな顔をしているのだもの。そのことは私だって嬉しいし、楽しく聞いていたわ」

 ふ、と瞼を伏せる。紅い煌めきを遺した瞳が白い瞼に隠れてしまった。艶のある黒髪が横に座っているアルテミシアの表情を隠した。

「……、Je suis desole」
「Impardonnable.」

 小さくごめんねと呟いた僕に返されたのは許さないという言葉だ。う、と喉に息が詰まる。ずっとこの子のことを見ていたのは僕だけど、けれど、本当の意味で見れていなかったのは僕達皆だ。仕方ない、と息を呑む。一息置いて「嘘だよ」というアルテミシアの言葉に、やっと息が出来た気がした。ほんの一瞬の出来事だったのに、一〇分は息が止まっていたような。

「ノエル、私、怒っていないわ」
「アルテミシア……」

 ふと空を仰いだ、とはいっても部屋の中だから空は見えないのだけれど、上を向いて見えた瞳は、小さな恋の炎を灯している。月村或音という女の子とアルテミシアの存在が結びついていない時、彼女は魁利くんのことを好きなのだな、と思っていたから、その瞳の意味は分かっていた。

「良いのよ」
「そう、か」
「今は、どうか綺麗な愛に昇華出来ることを願うばかりだから」

 良く手入れのされた黒髪に手を伸ばす。幼少期からずっと面倒を見てきた者としては、こういう時、慰めなければだめなのだろう。今までの行為を思い起こせば、こんなものは償うことにもならないけれど。
 髪を撫ぜながら目を伏せていれば、徐にアルテミシアは席を立った。

「帰りましょう、ノエル。あのカフェへ」
「……そうだね。エスコートしよう、レディ」
「merci.」

 君が魁利くんの、あの三人の幸せを願っていることは知っている。でも僕だって、可愛い娘のような君の幸せを願っているのに。きっとその事を、彼女は知らないのだ。

「Etre heureux.」
「ノエル? 何か言った?」
「ううん、なんでも」

 
 Etre heureux.
 幸せになって