エドマによろしく
 兄は人情深い人だと記憶している。そして、強い人だとも。この脳髄に刻み込まれた思い出は色褪せることなく焼き付いていて、未だ消え失せる前兆すら見せない。覚悟を決めれば一直線な兄を止めるために奔走したし、兄の仕事だって少し手伝ったこともあった。小さい頃に亡くなった両親とよりも、私を育てて、愛してくれた兄との思い出の方が、ずっと重い。

「お兄ちゃん」
「ん、二瀬か。どうした?」
「こわい夢みたから、今日は一緒にねて」
「良いぜ。おらこっち来い」
「うん」


 焼き尽くすよりも燃え尽きるような、青。あの青は氷ではなくて。云わば、炎のような。死んで欲しくない。私の前で兄のことを見ている美空だって同じ気持ちだろう。擦り傷のできた身体を一瞥して、けれどもそんなことは許してくれないんだろうな、と思いを馳せた。変身していない、つまりアーマーを身に纏っていないこの状況でスマッシュを倒せたのは、私の身体に何かが起こっているからに違いない。血の気が引いているこの身体を、動かない私の身体を、誰かが操ってくれれば良かったのに。プライドを傷付けてでも。矜恃を捨てさせても。あの人のいのちを、奪わせたくなくて。
 ばかみたいだ。どうしてこの身体は動かないんだろう。指一本、動かせやしない。あの人は。――猿渡一海という人間は。どうなっても、私の兄だったのに。忘れてしまっていて、喪ってしまって。それでも、私が猿渡二瀬じゃなくて、葦原出雲でも、私が思い出していなくても、あの人は私の兄で居てくれたのに。愛も、何もかも、全部。貰うばかりで、私はあの人に、何も返せてない。

「どうして、動かないの……!」

 仮面ライダーグリス、ではなくて、彼は猿渡一海になって。柔らかな光になって。金縛りが解けたみたいに、私は走り出した。見届けるのは私の役割じゃなかったはずなのに。この人は、美空に見届けられるのが、一番良かったはずで。
 いきがくるしい。首を掻き握りながらも、涙が出ないことに愕然として。グリス、と呼びながら、隣の美空は涙を流している。どうして、私は。

「すまねえな、二瀬」

 消えかかっている兄に、ボトルを、渡される。

「おにい、ちゃ、」
「やっと会えたのにな」

 未練があっていい。そうじゃないとお兄ちゃんはまた、覚悟を決めて、死んでしまう。

「推しと家族に看取ってもらえるなんて……幸せもんだな……」

 カズミン、と泣き叫ぶ美空の声を聞きながら、私は涙を流せなくて。グリスの、お兄ちゃんの、あの人の力が、反響する。「一緒に寝ようね、お兄ちゃん」とは、終ぞあの人の前では言えなかったけど。
 ――だから美空。そんな絶望したような、悲しい顔はやめてよ。みーたんには笑顔で居てもらわなくちゃ。お兄ちゃんには、それが一番だし。


「大義の為の、犠牲となれ」
「私の肉体労働なんて、最初で最後なんだからね。
心火を燃やして――ぶっ潰す」


 見てて、お兄ちゃん。私の心火を、燃やし切ってみせる。