音に愛
「パパ、ママ。剛くんとお兄ちゃんを、守って」
 金と銀に輝くシフトカーを握りしめるあいつを、守らないと、と思った。

 感情も倫理観も道徳も知らない。共感覚と強い嗅覚を持っているという女に付き纏われ始めたのは、俺がアメリカから帰国して来てすぐの話だ。いつの間にか俺の隣に居て、バイクを追いかけてきて、焦ってる時は引っ張ってくれて。迷惑だと思っていたのは最初だけで、居なかったら違和感を感じるくらい大切になっていた。俺の知らないところで、深い場所が、碧依のことを大事に思っていた。俺の名前を呼ぶ碧依の声が、あの時、確かに俺を支えていて。
「ごうくん、辛いの?かなしいの?」
「碧依、」
「ごうくんが嫌なことは、碧依もいや」
 その時の俺はまだ、碧依の共感覚のことを良く分かっていなかった。免罪符にならないということは理解している。でも、焦っている俺の傍に居る碧依も俺の感情に影響される、なんて思ってもいなかった。
「わたし、ごうくんの役に立てないね」
 引き止める為の声は絞り出せなかった。感情を乗せた表情に目を奪われて。
「――碧依、俺、」
「わたしね、剛くんのこと、大切だよ。だから」
 ……さよなら。
「待ってくれ碧依、俺はまだ――」

 ぱちん。輝かしい光が瞳に差し込んで腕で目を覆う。さら、と白い髪が頬に当たった。黒い瞳で顔を覗き込まれて自覚する。
「……夢か」
「剛くん、夢見てたの?どんな感じの?」
「あー……走馬灯みたいなやつ」
「えっ」
「別に死なねーけど」
「なんだ……」
 夢の中、以前の碧依に、学ぶための感情は存在していなかった。だけど、今こうして俺を心配してくれる感情を得た碧依を見上げれば、丸い瞳が俺を見つめている。
「どしたの?剛くん」
「いや?ただ、好きだなって思っただけだよ」
 徐々に赤く染っていく碧依の頬に手を伸ばす。本当に、良くもここまで俺の心に入り込んできたものだ。いきなり何、とぶつくさ呟く碧依の唇を食む。
「っは、剛く、」
「駄目。剛くんじゃなくて?」
「ご、う」
 良く出来ました、と言いながらもう一度。これ以上に好きだという気持ちを表すものを、俺は知らないから。
「碧依、好きだ」
「わたしも好き、だよ、剛」
 こうして返ってくる言葉に。安心感と幸福を、覚えている。碧依と出会えたことを思えば、あの日々も辛いだけではなかったな、と俺は思うのだ。