嘘
結局あれから返事が出来ないまま夜を迎えてしまった。“約束”の日まであと11時間。
このままでは鋭児郎になにも言えないまま“約束”の日が来てしまう。
そう思ったら、家を後にして鋭児郎の家まで走っていた。人も少なくなって、ひやりとした空気が頬を撫でる。
息がきれても足を止めないで、鋭児郎の家まで来れば、チャイムを鳴らすも返事は無い。遅くなると言っていたし、このまま帰ってくるのかすら怪しい。
けれど、いてもたってもいられなくてドアの前に腰を落として膝を抱え込んだ。
心拍数が上がって短く吐き出される呼吸を落ち着かせるために深呼吸をした。大丈夫、鋭児郎は絶対に帰ってくる。
そんな根拠のない自信があった。
持って出てきたのはスマホだけ。そのスマホを見れば鋭児郎の家の前について1時間の経過を示していた。まだ、まだ大丈夫。いつの間にか溜め込んでいた呼吸を吐き出して少しだけ体勢を変えた。そのとき、階段をのほうから足音が聞こえてきた。
鋭児郎かと思って期待に胸を膨らませたが、そのまま足音は上の階へと続いていった。鋭児郎では、なかった。
一度時間を気にしてしまうと、その後も気にせずにはいられなかった。じっとしてはスマホの画面を明るくして時間を確認するせいで、充電は大分減ってしまった。
既読スルーしてしまったメッセージを眺めては、やはり返せずに画面を落とす。一体何度繰り返したか、また同じ動きをしたとき、遠くから声が聞こえた。
ついに幻聴が聞こえ始めたのかとため息を吐き出したら今度は近くで声が聞こえる。さらには、マンションの廊下の明かりがなにかに遮られた。
「名前……だよな?」
「っ、鋭児郎!」
ばっと顔を上げれば待ち望んだ人物がそこにはいた。はじかれるように体を持ち上げて抱きつけば、嗅ぎ慣れた鋭児郎の香りが私を包んだ。
「今日遅くなるって言ったろ……。とりあえず中はいれよ、冷えただろ。」
「ごめん、ごめんね……どうしても、会いたくて。」
パチンと音がして玄関先の電気がつけられた。鋭児郎の後について、部屋のなかへと入っていく。
そういえば、友達とご飯だって聞いてたのに、お酒の匂いしなかったな。こんなに遅いなら、お酒くらい飲んでると思ってた。
「大事な用ならそう言ってくれりゃよかったのに。」
ベッドに座った鋭児郎が腕を広げている。すっかり忘れたはずの温もりを思い出して、腕の中へと飛び込んだ。やっぱり、好き。大好き。
あと少しの嘘だから、今はこの嘘にまどろんでいさせてほしいの。
私の様子がおかしいことに気付いたのか鋭児郎はそれ以上なにも言わず優しく背中を撫でてくれた。
それに甘えて、鋭児郎に包まれたまましばらく黙っていた。けれど、すぐに沈黙に耐えられなくなって、鋭児郎の首筋に唇を寄せた。
やっぱりお酒の匂いはしない。するのは、鋭児郎の汗の匂いだけだった。
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