×××3月2日はアセクシャル記念日
ようやく、性自認の踏ん切りがついた。ついた、というにはまだ覚悟が足りないかもしれないけれど、第一歩を踏み出したのは確実。
私は『アセクシャル』であり『エーゴセクシャル』です。
恋活をして、連絡先を交換して、やりとりをするなかで自覚した。
過去に恋愛の失敗をしていて、今でも相手には申し訳ない気持ちを持っている。
初めての恋愛で、ただ私が未熟だったからだと今の今まで勘違いしていた。
しかも、架空の同性愛が大好きで色んな創作をしているからこそ、私は世間一般のマジョリティで『恋愛できる側の人間』だと思い込んでいた。いや、思おうとしていたのかもしれないけど。
以前の恋愛もそうだったけど、不思議なことに異性との恋愛に踏み込めば踏み込むほど自己理解が進んで、自分への解像度が急速に上がる感覚を覚える。
言葉が、自分の内側から溢れているのを感じる。
私は『恋愛』よりも『友情』が大切です。
将来の話よりも下らない話を気を遣わずにしたいんです。
そんな日常の積み重ねが大切どころか、最重要と思える人間です。
LINEのやりとりなんて大嫌い、それなら通話しよう。
通話でバカな話をいっぱいしよう。
探りを入れるようなやりとりなんてうんざり!
今まで、世間の目ばかり気にしていた。
勉強できなければ、見た目に気を遣わなければ、仕事で不利にならないように異性に気に入られなければ、恥ずかしくないように自立しなければエトセトラエトセトラ
年齢が上がる度にがんじがらめになって苦しくて堪らなかった。最近は何をしていても楽しくなくて、救いだしてほしくて、だから恋愛に助けを求めた。
誰か私を変えて、ここから出して、まともだと認めて。そんな気持ちばかりだった。
結果として、ある意味では『恋愛』は私を救ってくれた。
『アセクシャル』『エーゴセクシャル』という性自認の属性を確定してくれた。
だから、これも間違っていなかったのだと胸を張って言える。
私にとって恋愛は『スノードーム』みたいなキラキラ輝く、美しいフィクションなのだ。
今日から私は、性愛を含まない関係をたくさんの人と築きたい。いや、築いていく。
身なりを整えることも、友達作りも続けていくけれど、性愛を向けるような相手は今後も作らない。そもそも作れないのだからもがく必要もないんだ。
そういう風におもえたら、勝手に担いでいた責任や『〜すべき思考』が少しずつ肩から降りていくような、そんな感覚になれた。
今まで、私は異常で未熟なんだと悩んでいた。
でも、人はひとりひとり違う。
こんな私が少しだけ地球の場所をもらっていても、だれも責めないよね。
何度でも言いたい。
私は『アセクシャル』で『エーゴセクシャル』です。
追記
とはいえ結婚への憧れはなかなか無くならないかも。
結婚してもいいと思う・思ってもらえる相手が見つけられたことと、社会的な地位、親への恩返しができるというところが羨ましいな〜と思う。
『結婚する』という選択肢が消えた訳ではないけど、『結婚は絶対にしなければいけないもの』という選択肢は消えたからよしとする。
羨ましいという気持ちは消えてない。
ただ性自認の例えとして、今まで自分はペンギンなのに同じ鳥類である空を飛ぶ鳥を見て、『自分だって鳥なのだから飛べるはずなのに…飛べないのは自分が未熟だからだ』というズレで苦しんでいた、ということは理解した。
周りはほぼ全員、種族が違うと考えた方が良さそう。
(2026/03/02/BACK)