2022/10/18

Untitled

アーデンから見捨てられる


これから地獄に落ちそうで怖かった。私の足は宙に揺れており、その下には深い深い谷が広がっている。

恐怖のあまり過呼吸になりながら、崖の岩肌に両手で必死にしがみついていた。そんな私を見下ろしているのはアーデンだ。彼の表情は何とも言えないもので、同情のような、憂いているような、寂しげな眼差しをしていた。
相手が誰であれ私の口は、たすけて、と口にする。その声は上ずっていて震えていた。
手が痺れて力が入らなくなってきた私に気づいた彼は静かに腰を下ろして私に向かって長い片腕を伸ばす。目の前に広がる手に捕まるには片手を伸ばさなくてはならない。でも、そのせいで私は体を支えられなくて落ちるかもしれない。そんな時彼は身を乗り出して私の手を掴んでくれるだろうか?
この男を信じていいのかわからないけれど、死にたくないから手を伸ばしたい…と思ったのに、彼の手はぴたりと止まって開いていた手を握りしめるとゆっくり離れていった。

たすけて

これはもう意味のない言葉だった。帽子で目元を隠しながら立ち上がる彼は私を助ける気などないのだから。

…地獄で待っててよ。

それだけ言うと彼は背を向け私の視界から消えていった。彼が視界から消えていった時に広がった感情はまさに絶望。
崖から落ちて死ぬなんて、今日死ぬなんて、人から見捨てられて死ぬなんて、思わなかった。
リアルな死を感じたら頭が真っ白になる。脈が速くて全身で拍動している私はプルプル震える腕と手に、動け動け、岩を握れ握れ!と涙を流しながら命じたが、握力を失った私はスルッと手を離して霧が立ち込める谷間に落ちていった。



 
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