◇単純な信仰心

その100年生きた大木の下で願いを祈れば叶うという噂が立ったのは最近のことだった。例えば、大金が手に入るとか、恋人ができるとか、試験に合格するとか、仕事につけるとか、特に根拠はないものの人の希望や楽しみにつながる噂は案外鵜呑みにされやすい。誰が発端を作ったか知らないが、そんなおめでたい噂が知らないうちに広がって耳に入るようになった。

「で、それがこの木なんですね?」
「のようだな。」

買い出しがてらに例の噂の大木に立ち寄る。無駄にでけぇだけで普通の木とそう違わないが、願い事が書いてある紙が吊るされていたり供えもんがおいてあった。
俺は○と並んで大木を見上げる。こんなもんで人の願いが叶っちまったらどれだけ幸せな世界なんだ。信じたいものは人それぞれ勝手だが、流石に呆れる。

「お前は信じるのか?」
「どうでしょう?でも、叶ったら嬉しいですよね。」
「おまえなら何を願う?」
「んー。有給が増えますように、とか。」
「それはエルヴィンに相談しろ。いちいち祈ることでもねぇだろ。」
「そうですね!」

相変わらず能天気な女だ。まぁ、予想はしていたが、壁内にいる限りは頭ん中に花畑が広がっているようなやつだった。
そんな女のどこに惚れたのか、自分でさえわからない。ただ、こいつと肩を並べれば肩先が熱を感じ始めて、横のこいつが気になって仕方ねぇのも事実だった。

「兵長は何を祈ります?」
「そうだな。」

腕を組んで大木を見上げる。どうせかなわねぇと分かっているが、もし叶うのなら何を願うか…。俺の願いは、…やっぱりこの女を手に入れることだな。

「まぁ、なんだろうな。」

曖昧にして話を逸らす。言えるわけねぇ。まぁ、一応と、○に横目を向けてみるが、○はひたすら大木の葉を見つめていた。俺のことなど目もくれねぇ。

「ま、木に人の願いが叶えられるわけねぇ。行くぞ。」
「はぁい。」

さっさと歩いて帰路につく。俺の願いはかなわねぇ。こんなに近くにいても、こいつは俺に目もくれずに歩いているんだからな。
…叶うはずもねぇ。

「いた!」
「っ?…どうした?」
「イタタタ…。」

突然○は転んだようで、足首をさすりながら膝をついていた。それを見てすぐに察する。俺はため息をついて、○の前に座って背中を向けた。

「ほら、さっさと乗れ。背負っていく。」
「ぅ、はい。いてて。」
「何もねぇところで転ぶな。ノロマ。」

呆れながら言うが、○の腕が俺の首に伸びて絡みつき、体が背中に乗れば少しは体が反応した。腕で足を固定して立ち上がって歩き始めるが、好きな女を背負う状況に気が散って落ち着かなくなる。まぁ、そんなことを顔には出さねぇが…。

「ふふ。」
「何を笑っている?」.
「いや、転んだらすぐに来てくれて背負ってくれた兵長を見ていたら、なんだか嬉しくなっちゃって。」
「嬉しい?」
「はい。こうして兵長の首に腕を回していると、…ほら、兵長に抱きついているみたいだし。」

耳のすぐ後ろで○がうれしそうな、少し甘えたような声を出している。耳元で囁かれているような感覚になると、意識せずにはいられなくなる。心臓が強く脈打ち、体がこわばった。

「兵長、いやですか?」
「…かまわねぇ。」
「もっと離れた方がいいですか?」
「好きにしろ。」
「…じゃあもう少し抱きつきますよ?」
「…勝手にしろ。」

俺の首に腕を回す○は、俺の耳元でふふふと笑う。惚れた女から後ろから抱きつかれる状況が嬉しくない男なんざいねぇ。ああ、馬鹿野郎。どうやって誤魔化せばいいんだ。…だが、悪くねぇ。どうせなら、もっとしがみついてこい。そう邪な思いでいると、通じているのか首に回る腕の力が強まった。…まるで、祈りが通じたように。

俺は肩越しにあの大木に振り返る。俺の望みの全てではなかったが、叶ったことには違いない。こいつは、ほんの少しくらいなら信じて見ても良さそうだ…。

ジロリと目を細めて大木を見つめて思う。
…地面が汚ねぇ、たくさんの落ち葉も落ちてる、ゴミも落ちていやがる、仕方ねぇから後で箒で掃きに来てやろう。

end


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