やっぱり変わっていなかった

【やっぱり変わっていなかった】

「吐くんじゃねぇぞ。」

そう言って、コップ一杯の水を差し出すリヴァイ。顔は背けられていて味もそっけもない言い方だったけど、飲み過ぎて気持ち悪くなっていた私はそんなことに構う余裕もなくコップを受け取って飲み干した。喉を通る水のおかげで上がりかけていた危険なものが抑えられて少しだけ楽になった気がする。一息ついて口元を片手で覆いながら、礼を言ってコップをリヴァイに返した。リヴァイは横目で私を見て黙ってコップを受け取る。私は胸を撫でさすりながら、近くにあった木の椅子に座り込んだけど、リヴァイは柱に寄りかかり、腕と足を組んでその場から離れない。

(こんなところで元彼と再会するなんて…。)

意外な展開だけれども、今はそれよりも体が危ないのでときめくこともなければ気まずくなることもなかった。ムカムカするような、冷や汗が流れるような、とにかく危険で油断禁物の状態にしか注意がいかない。眉をひそめて、うぅ…と情けなく呻いているしかない私を彼はどんな気持ちで見ているんだろう。惨めったらしく胸をさすっていると、目の前にリヴァイが屈み込んで、またコップを差し出した。

「リヴァ、」
「黙って飲め。」
「う。…ごめ、…。」
「便所に行くか?」
「いや…なんとか…水で。」
「そうか。全部飲めよ。」

涙目の私は言われたまま水を飲んだ。そして、しばらくリヴァイに背中をさすられていた。リヴァイはきっと私に呆れているくせに放っておけないんだと思う。無愛想で口が悪くて強面のくせに、中身は案外優しくて弱ってる人を気にかける人だった。

「リヴァイ。」
「なんだ。」
「何でここに?」
「たまたまだ。俺も飲んでいた。」
「そう。席に戻らなくていいの?」
「かまわねぇ。あいつらはあいつらで勝手に飲んでるからな。」

チラリとリヴァイを見上げると、リヴァイは自分の席の方を見ていた。鋭い目。初対面の時はその鋭さに怖がっていたけれど、今はそんなことを感じない。その目が、急に私の方へ戻る。久しぶりに目があった気がする。

「今日はもう飲むんじゃねぇぞ。」
「もう飲めない。」
「だろうな。お前がこんなに飲むなんて珍しいじゃねぇか。…何かあったのか?」

目をそらしながらリヴァイは聞いてきた。ああ、心配してくれているんだ。でも、

「いや、単に強い酒に当たっちゃっただけ。名前だけじゃわからなくててきとうに頼んだら結構強くて…。」
「残せばいいだろうが。」
「もったいなくて…。」
「相変わらずだな。」

そんなこといいながらも、リヴァイはまだ背中をさすってくれる。…そう言えば、リヴァイと付き合っていた時、一度だけこんなに酔った時があって介抱されたっけ。呆れた目を向けながら、こんな風に私の背中をさすってそばにいてくれた。…変わってないんだから。
思い出が自然と沸き起こって、懐かしいような寂しいような仕方のないような気持ちになり、それがため息となって現れた。
私は深呼吸をしてゆっくりと立ち上がる。

「うん、今日はもう帰る。」
「帰れるのか?」
「うん。今なら歩ける。ありがとうね。」

水を飲んだおかげが少しだけ落ち着いた。でも、何が起きるか分からないから、動けるときにさっさと帰ろうと思う。ここにいても、店の人にもリヴァイにも迷惑かけるし、なによりそんな醜態をさらしていることが恥ずかしかった。リヴァイに別れを告げて、ヨロヨロと席に戻ってみんなに理由を話してお金を渡す。そして、血の気の引いた顔で店の外に出た。

ーーーーーーーー
外の風が心地いい。体をあまり揺らさないようにゆっくり歩いていたら、足元に影が伸びてきた。ぎこちなく振り返ると、リヴァイが付いてきていた。リヴァイが私に追いつくまでに、1人の女性が店から出てきて、兵長!とリヴァイを呼び止める。オレンジ色のセミロングの女性が立ち止まって、リヴァイと私を交互に見つめた。

「急用ができた。お前らで飲め。」
「あ、…はい。」
「行くぞ」
「え…なんで、あの、私は1人でも、」
「信用ならねぇ。とりあえず、送ってやる。」

驚いた私をよそに横を歩き出すリヴァイは前を向いていた。彼の手には水があって、無言で差し出される。私はありがとう、と言って水を受け取り、静かに飲んだ。…あれ?昔より優しくなった?

リヴァイとこうして並んで歩くのは半年ぶりだ。どこか不思議な感じがした。別れた時は、顔を合わせるだけで気まずかったのに、今は妙に自然に並んで歩いている。気まずさなんてなくて、なんの抵抗もなく一緒にいられた。それは、今のリヴァイはどこか紳士で優しいからかもしれない。前はもっと口調がきつくて、舌打ちもよくしてきて嫌だった。別れた理由もそれが原因だったりする…。

「リヴァイ、ごめん。」
「なんで謝る。俺は俺の意思でここにいるんだ。お前に頼まれて抜け出してきたんじゃねぇ。」
「うん。」
「…。」
「…久しぶりだね。」
「ああ。」
「元気してた?」
「まぁな。お前は久しぶりに見たと思えば、ひでぇツラをしていた。あの店に入ってお前だと分からないままお前を見た時、病人かと思った。」
「そんなに!?」
「顔面蒼白で今にも倒れそうだったからな。気持ち悪りぃ奴と思ったら、お前だった。」
「散々な再会だね。」

そんなにひどい顔をしているのかと顔を覆うと、今更隠すな、と目も合わないまま突っ込まれた。まぁ、でも、リヴァイに水をもらったり、背中をさすられてマシになったから、ありがたい再会だったと心のなかで思う。そして、また水を飲みながら、昔のことを思い返した。
付き合いたての頃は、私はリヴァイが好きすぎてしかたなくて子犬みたいに飛びついて甘えていた。リヴァイには引かれたけれど、私はリヴァイを溺愛していたのは確かだった。こうして隣を歩こうものなら構わず手を繋いだり腕に抱きついた。いま思えば、よくそんな事が出来たなぁと感心する。

「オイ。」
「ん?」
「今夜はどっちに帰るんだ?」
「家に。」
「そうか。…少しはマシな顔色になったみてぇだな。吐き気はねぇのか?」
「ない。少し頭がいたいけれど。」
「そうか。まぁ、お前はもともと酒につえぇからな。治りも早いんだろうな。だが、無理するんじゃねぇぞ。見た所、お前が潰れても介抱する野郎はいなさそうだしな。」
「うん…。」
「…。」

がっくりとうなづくと、横から手が伸びてきて私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。え?と彼を見ると、何とも言えない顔を向けている。優しいような呆れたような労られているような…不思議な目だったけれど、この瞳には見覚えがある。恋人だった時、彼が私に向けていた目だった。私は昔のようにその手に自分の手を重ねて、軽く握った。頭に二人分の手の重さが置かれて、どこかくすぐったい。そして、私がゆっくりと手を離すと、彼の手も頭から退いた。それからは無言で歩いていたけど、2人の肩先が前より近くにあった。そして、近づいてくる家がどこか残念な気持ちになる。もう少しだけこの人といたいと思うけれど、私たちはもう別れた2人。リヴァイに昔のように甘えたくなる気持ちが出てきたけど、それをぐっと押しとどめて、ポケットの中を探って家の鍵を取り出す。
この角を曲がれば家がある。リヴァイとは、よくこの角で別れていた。今夜も、久しぶりにこの角で別れる。

「…ありがとう。」
「ああ。」
「…うん、じゃあ、…おやすみ。」

努めて笑顔を作ってリヴァイに背中を向ける。リヴァイは私を呼び止めることもなく、後を追ってくる気配もない。私は、やっぱり、と苦笑いを浮かべながら、家の鍵を開けた。また気分が悪くなってきて、胸をさすりながらドアノブを捻ると名前を呼ばれた。
振り返ると角でリヴァイが立ち止まったまま私を見ている。

「気分はまだ悪りぃのか?」
「え、うん…。」
「なら、もう少しお前の面倒をみてもいいか?」
「…?」
「…つまり、家に上がっても良いかと聞いているんだ。」

少しぶっきらぼうに言い放つリヴァイは、どこかばつが悪そうだった。その足先は踏み出したいのか、微かに前に進み出る。私がリヴァイをじっと見つめていると、しびれを切らしたリヴァイがいきなり鋭い声を出す。

「さっさと答えろ!クズ野郎。」
「なっ、く、くず?!」

さっきまで紳士的で穏やかで優しかった雰囲気が一転して口の汚いゴロツキに戻る。少しでも惚れ直した自分が恥ずかしかった。…やっぱりリヴァイは変わってない!

「そっ、そう言うキツイ言い方をするからっ、だから別れたんでしょっ!?」
「るせぇな。だから努めて優しくしてやったんだろうが。かといって、お前はなびきそうにもねぇし、やめだ。」
(靡きかけたとはいえない…。)
「お前は毎度毎度鈍すぎる。家の近くまでノコノコついてくる男の気持ちがまるでわかってねぇ。その鈍さが少しはマシになっているかと思えば何もかわらねぇのか。」
「それはこっちのセリフだしっ。リヴァイだって半年ぶりに再会する元カノをクズ呼ばわりしちゃって、誰がなびくもんですか!もう気持ちが悪いから寝るわ!おやすみ!」

一転して昔の2人に戻った私たち。ムッとして力任せにドアを閉める。ああ、もう、一瞬にして酔いが覚めた!こめかみを抑えながら、盛大なため息を吐く。油断していた。少しは心地いい時間が過ごせたと思ったけど、私らは根本的に変わっていない。私はリヴァイのゴロツキ口調に嫌気がさし、リヴァイは私の鈍い反応に嫌気がさして別れた。まさに過去が再現されていて目眩が止まらない。今夜はもう寝よう、と気を取り直して部屋に一歩進み出ると同時に、いきなりドアが蹴り破られて思わず腰が抜けた。
素っ頓狂な声が出しながら振り返ると、ドアを蹴り開けたリヴァイが足を下ろしていた。

「…ば、ばかなの?人んちのドアを堂々と…。これで何度目よ?」
「確か5度目だ。」
「…。」
「そうやって腰を抜かす姿を見下ろすのも5度目だな。」
「人んちにはいんないで。恋人以外進入禁止。」
「そうか。今から恋人になれば問題ねぇな。」
「へ?…っんん!?」

髪を掴まれ顔を上げられると、強引にキスされた。半年ぶりなのに、こんなキスしかできないなんて。もがく様にリヴァイの背中をかきむしるけれど、リヴァイはやめない。酸欠になる手前でやっと唇を解放された。つぅーっと唾液が糸を引いたので、ぱっと袖で拭う。

「…っはぁ…、もう、なにっ。」
「今回再会して、俺とお前はなにも変わっちゃいないことに気づいた。お前は相変わらず鈍感で隙がある。俺は相変わらずそんなお前を力で組み敷きたいとおもう。昔はこんな関係に呆れて疲れもしたが、実際のところ俺は懲りていない。別れた後もお前を気にしていたし、今夜酒場でお前を見かけた時も自然と足が進んだ。お前に野郎がいないことを知って嬉しくも思った。」
「てことは、その、」
「俺はまたお前の恋人としてこの家に上がりたいということだ。どうだ?」
「…そ、それはっ」
「さっさと答えろ、クズ野郎。」
「そのゴロツキ口調はやめて。それが大嫌い。」
「…チッ。了解だ。」
「ぅわ。」

急に抱きしめられて間の抜けた声が出る。この腕に捕まったらだいたい逃れられない。そもそも、人んちのドアを蹴り破ってまで中に入る彼からは逃れるすべがない。

「汚ねぇ言葉は出来るだけ控える。それでいいな?」
「…うん。あと、もうドアを蹴り壊さないで。」
「気をつける。(…まぁ、後は俺の言葉が不快じゃなくなるように、ゆっくり調教してやるか 。)」

今日は飲みすぎて気持ち悪くなったり、ドアが破られたり、リヴァイが突撃したりで少し疲れたけれど、その夜介抱してくれたリヴァイはどこか上機嫌で少しは優しかったからすべて良しとすることにした。

end

(早くドアを直さないと…)
(汚ねぇな。早急に掃除にとりかからねぇとな…)

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