3.回想


ー 本当にいいのかい?もうあと戻りはできないよ?

私の意思を確かめるように、彼は真剣な目を私に向けた。私は彼にためらうことなく、うなづいて、自分から切望した。
どんな姿になってもいい、人が化け物と呼ぶ存在になってもいい、それでもあなたと生きたい。その強い意志は揺らぎることがなく、私は自分の意思でシガイとなった。

ー ありがとう。大切にするよ。俺の、奥さん。

彼に抱かれたとき、私は幸せだった。その時の彼の瞳はとても暖かく、柔らかで、幸せを感じて微笑んだ瞳だった。その瞳を守りたいと私は心の底から思った。
彼さえいてくれればいい、彼と離れたくない、彼を残して死なないように、私は老いることと共に死ぬことを捨てた。その覚悟をもって、この体になったのだ。
それは、とてもとても幸せなことだった。

…、
……、
…、なのだけど。
結局私たちの夫婦歴は150年しか続かなかった。
お互いの愛に浸っていたのは、20年くらい。

そこからは、私は変わらずに愛を注いでいたけれど、彼は研究や魔導兵量産に意欲を注ぎ、いわゆる仕事と出世に時間を使った。
私はといえば、国の宰相の妻として何不自由なく生活できたけれど、いつも不満だった。私は彼からの愛さえあればいいのに、それが伝わってこなかった。彼にその不満をぶつければ茶化される。その態度に怒ればご機嫌とりにやっと愛をくれるけど、そんな愛の与え方は嬉しくない。じゃあどうしたらいいんだよーと、彼は困ったように口をとがらせることが何度もあった。

シガイという体だけあって、私たちは病気にも老いにも晒されることはないけれど、子供はできなかった。それはそれでいいと、覚悟はしていたことだけれど…。それに、食事や睡眠もとらなくとも生きていられるようになった。それが1番の違和感で、なんだか、よくわからない生き方に慣れるのにも10年は掛かった。彼に料理を作るでもなく、彼とウトウトして眠りにつくこともなく、…なんとなく味気ないなと思っていた。

他にも、私たち以外の人は老いて死ぬわけで、多くの死別を体験して悲しみに包まれた機会が人より多かった。親、友人、知り合い、仲間たち、…覚悟はあったものの、それが1番つらかった。
そんな時、この生き方を選んだことに後悔しかけたけれど、彼が横にいて肩を抱いてくれるから心を強くもてた。
喧嘩をしても、少しすれ違っても、私たちは夫婦だ。互いを愛して、永遠の愛を誓ったのだから、何かあっても支え合って乗り越えられる。そう、自分に言い聞かせた。

だけれども、結婚150年目にしてついにその考えが変わった。何故なら、もう彼からの愛を感じないから。すれ違って当然のような生活で、前ほど愛を感じない。大事にされている気持ちもない。不満が育って増えていく。大事な人はすべて死に、時代は変わる。子どもも孫もなく、ただ、生活を共にしているだけ。

ー ねぇ、私たちってもう他人なの?
ー 私はなんのために、死を捨てたの?
ー ああなんでこんなことになったんだろ?

若い頃の自分が選択した道に後悔をした。
…そして、追い討ちをかけるように、150年目の結婚記念日は忘れ去られるという始末。その時、私は彼に期待することをやめた。そして、代わりに新しい決意が生まれた。

ー …もうこの人とはやっていけない。私たちは終わったんだ。

悔しさも情けなさも惨めさも感じながらも、私はこの家から出た。
すべてから逃げるように、私はチョコボにまたがって、ひたすら走った。戻ることなんて考えてもいなかった。

…それからというもの、取り返しのつかない人生に涙を流していた。でも、この過ちは消えないし、誰もわかってはくれない。わかってくれる唯一の人はもう私を愛してくれていないんだから…。
結局私は一人になり、孤独の中で泣いていた。
死のうともして体を痛めつけたけど、痛いだけですぐに治ってしまい、生きることしかできなかった。
孤独な世界に一人残されて、孤立無援の私には果てしない絶望が続く。その中で、私はひっそりと生きていた。

「…ッ、…ん?」

つぅーっと、熱い液体が耳に入った感覚で目が覚めた。…知らないうちに、私は寝ていたらしい。そして、寝たまま泣いていたらしい。寝ぼけた頭で涙を拭う。ぐすん、と鼻をすすって寝返りを打つと、何かに当たった。硬い、何かに。
なんだ?と目を開くと、隣にアーデンが寝ていた。

「…アーデン?」

月明かりに照らされた彼の寝顔は20年ぶりに見る。何一つ変わらず、すぅすぅと寝ていた。俺たちは眠らなくてもいいから、と研究に明け暮れていた彼だったけど、今日はこうして隣で寝ていたようだ。要は、…無断で部屋に入ってきたらしい。

「…。」

こうして寝顔を見つめると、昔を思い出す。
この人についていこうと決めたのに、この人とならこの運命も乗り越えられると信じて疑わなかったのに。…それは、間違いだった。
それが悲しくて、視界がぼやけていく。また鼻をすすって彼から背を向ける。

しっかり目を閉じて、眠りにつこうとしたら、いきなり後ろから抱きしめられた。

「なんで泣いてるの?…怖い夢でも見た?」

耳元で少し寝起きの声が響く。低くて、落ち着く声。私の好きだった声だ。じわっと涙が溢れてくると、彼の指先がそれを拭う。まるで、慰めるかのような手つきに胸が温まる。

「俺がいるから、大丈夫だよ。」

その一言は単純なのに、彼から言われると安心できる気がして、私はいつのまにか眠りについていた。






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