4.ためらい


「ねぇ、なんで夜泣いてたの?」
「…忘れた。」
「ふぅん。ま、いいけど。」

朝起きて彼にそれを聞かれた。本当のことなんて言えない。私ははぐらかして、部屋のカーテンを開ける。

「っていうか、なんでこの部屋にいるの?別に寝るって言ったでしょ?」
「俺は言ってないよ?」

つん、っとつっぱねて、彼はベットから降りる。私の背後に回ると抱きついてきた。背が高い彼に抱きしめられると、彼の胸板が私の頭にやっと当たる。顔は、見上げなくては見えない。

「20年ぶりに、君と朝を迎えられて嬉しいよ。」
「…。」
「ねぇ、久しぶりに俺といて、どう?まだ俺のこと嫌い?出ていきたい?」
「…いや、嫌いとかじゃ…なくて、」
「俺のこと、好き?」

そう言われると、言葉に詰まる。好きだと、言ってしまえば、こわいからだ。信じて愛したのに、私は愛されなくなった。それが、また繰り返されるのがこわい。でも、そう伝えてしまうのも怖かった。

ー そんなの、私が聞きたいよ。

アーデンは私のこと好きなの?…なんて、聞いて、仮に好きだと返ってきても、じゃあ、あの頃は何で私を愛さなくなったの?と、責めたくなる。だから、私は黙るしかなかった。

「私の好きだった本、覚えてる?」
「もちろん、覚えてるよ。」
「持ってきて。」
「かしこまりました。すぐにお持ちしますので、少々お待ちを。」

かわした私に何を思ったのか、でも、ピエロみたいに戯けながら彼は私から離れた。
背中の熱がなくなって、安心したような、寂しくなったような、複雑な気持ちだった。

ーーーーーー
私はアーデンが持ってきた本をソファーに座って読んでいた。これは、アーデンが仕事をしていて暇な時によく読んでいたものだ。アーデンは私の隣で足を伸ばして本を読んでいる。
私は本に集中したいけれど、私の膝に頭を預けたがっているアーデンの動きが気になっていた。知らないふりをしていたけれど、アーデンが甘えるようにねだってきた。

「ねぇ、膝枕して?」

私は返事に困っていると、彼は勝手に膝の上に頭を乗せてきた。そして、私を見上げる。アーデンが読んでいた本を胸の上に置いて、私の膝を撫でた。

「なに?」
「お気になさらず、本を読んでよ。俺は、愛しい君を見つめてるから。」

整った顔、凛々しい瞳に見つめられると心臓が正直に脈打った。昔であっても、一度はこの人だと決めた相手なのだから。…でも、こわくて、彼の目から目をそらした。そして、本を広げて文字を必死に目で追う。
その逃げを、許さないように彼は私に話しかける。

「俺さ、君が好きだよ。」
「!」
「…ま、研究や仕事を優先して、君に愛想つかされちゃったわけだけど、ね。」
「…。」
「でも、君が嫌いになったからじゃない。俺は君に一度も愛想をつかしたことはなかった。」
「でも、私たちは20年も疎遠だった。」
「それは君がいきなり出ていったからねぇ。どこにいるかわからなかったし?ま、…なんていうのも理由だけど、一つは、その時君を連れ戻しても、また同じことを繰り返すと思ったからなぁ。…あの時の俺が君を見つけて連れ戻したところで、君が俺を許してくれるとは思わなかったし。」

アーデンは私の膝に頬を軽く擦り付けてから続ける。

「魔導兵の開発に3年、それをテストし、改良しつつ増産をすることに3年。そこにある男の遺伝子を組み込む開発にも2年、また増産で2年。シガイ研究は今も続いているけれど、そこにも時間はかかっている。あとは、まぁ、…他にも研究しててさ。それがやっと結果が出せたんだよね。」
「どれだけ研究してるの。」
「ほーんとだよねぇ。俺はそこまでする気なかったんだけどさ、上のおじいさまに気に入られちゃったから、どんどん無茶な依頼が来るの。…ま、言い訳に聞こえるかもしれないけど、その時の俺がどんなに君を求めても、俺は手一杯だったから、こんな俺に愛想をつかして出て行ったと思うんだよねぇ。…だから、追えなかった。」
「…。」

私は気持ちが揺らいでくる。あんなに冷めた私たちなのに、彼はまだ私を求めているの?気まぐれではなくて?…信じても本当にいいの?…わからないよ。
分からなくなって、彼を見ると、彼はまっすぐな瞳を向けていた。揺らぐことも、またたくこともしないその瞳は私の揺れる瞳を射抜いてくる。

「俺の想いは伝えたよ。君がこの20年でどれほど変わったかわからないけど、俺は君への愛を誓った時から変わっていないよ。」

アーデンの手が私の髪に伸びる。髪を一房優しく包むと、親指でそっと撫でていた。





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