闇に惹かれる


私は王家の娘として生まれた。父上と母上に愛されながら、あなたは立派な王女になると教えられてきた。子どもの私は純粋で全てを鵜呑みにする。王女様になるんだと信じて疑わず、しきたりや戦い方、魔法の使い方、言葉遣い、話し方、王としての誇り、立ちふるまいを全て身につけようと努力した。

頭の中では綺麗な未来が映し出されていた。私が王女になり、星を守る。血筋に恥じない存在になり、父上や母上や民からも認められる王女になるんだ…、そんな未来を信じて疑わなかった。

…なのに、その未来はある日突然崩れ落ちた。
弟が生まれた。
私と違って、男。
そして、彼は星に選ばれ、真の王となる男だった。

私は姉として、家族として、それを認めて祝福しなければならないのに、それはできなかった。

私がどれだけ体を鍛えても、女は女。弟が生まれた時に、国民が私が生まれた時以上に歓声をあげた気がして、私の胸張り裂けそうだった。信じてきた夢が奪われる。みんなの期待もみんなの関心も一瞬にして私から弟にシフトし、私は関心を落とした話題のように、注目を失い、捨てられた。

でも、私は笑顔を失ったわけじゃない。そんな傷つきを悟られることこそが、私にとって本当の屈辱だったから。それを隠すため、笑顔が常に顔に張り付いていた。そうでもしなければ、いけなかった。この心の奥に突き落とした感情は、私以外に知られてはいけない。決して。私の心にどれだけの劣等感と嫉妬心が塗りたくられているかなんて、知られてはいけなかった。

だから、いつも苦しかった。

弟が尊ばれる度に、ドロドロとした底知れない感情が私を覆い尽くす。何故、言葉遣いもままならないような弟が。誇りもないただの子どもが、私よりも認められるのか…。
私は認めたくない。認められなかった。ぜったいに。

「ノクト、王になるんだから、いつまでも子どもでいないで。」
「わーってるよ。…つーか、お前が王女様になった方がいいんじゃねぇの?ぜってーおれより頭いいし。」
「………っ」

その言葉はただの嫌味。それを知らない弟は、何も知らずに私を煽る。何気ない一言が持つ言葉の意味も、重さも分かっていない。その態度に、噴火するような激しい怒りが沸き起こって、殺気にも似た苛立ちが私を支配する時もあった。

…なりたいよ、私だって、いや、そもそも私が任されていたことだった。なのに、アンタが、アンタが産まれたせいで…全てが、台無しよ。

ー…●。

どす黒い闇が私を絡め取って首を絞めた時、その闇を解いてくれたのは、いつも父上だった。

ー お前は自慢の一人娘で、なくてはならない存在だ。ノクトより聡明で、努力家だ。魔法の扱いにも長けている。お前ほど幾多の魔法を使いこなす者は、かつてこの王族にいなかった。どうか世間を知らないノクトを光に導き、支えてくれ。それはお前にしかできない、…お前に託された大切な使命だ。

あたたかな手が私の肩を抱く時、私はそのぬくもりによって闇から抜け出せる。父上が、ただ一筋の光だった。

…それなのに、あの日、父上は…死んだ。私は闇を払う光を失ってしまった。
手元に残ったのは、私ではなくノクトを選ぶ一つの指輪と、ノクトだった。

「…なんで?」

叫びたかった。血管が破れるほど、怒りと嘆きが沸き起こって、怒鳴り散らしたい。なんで、アンタなの?生き残った存在が、アンタなの?アンタに何ができるの?姉をバカにし、ただ仲間と遊びほうけ、未来を背負う覚悟もなく、使命を拒み続ける弟を、…殺したいほど憎んでいた。

ぎりっと奥歯を噛み締めた時、低く通る声が闇の中から響き渡った。

「…ほんっと、呆れるねぇ。父親が死んでも遊びほうけててさぁ。まったく、いつになったら王としての自覚が育つのかなぁ、…この子は。」
「アーデン…っ」

アーデン・イズニア。帝国の宰相であるのに、私たちに手を貸す謎の男。

彼は、いつの間にか私の背後に立っていた。夜の闇から浮き出たように、ひどく闇に馴染んでいる。
私は彼の手の内がわからなくて、常に警戒していた。今も、武器を召喚して構えている。

…だけれども、私は本当に彼と武器を交える気などなかった。彼は敵であるのに、何故か、別のものだとは思えない。寧ろ、私と同じものを感じていたから。

「王女様としては、やるせないだろうねぇ。魔力も知恵も覚悟も十分なあなたが、聖石に拒まれ、歴史から消されるなんて。その苦しみに、全く気づかない弟たちは、…なんて愚かなんだろうねぇ。」
「アーデン、何の用なの。」

彼は、まるで寄り添うように、傷口を舐めるように、私の全てを知り尽くしているかのように、私の気持ちを吐露してくれた。

「用ってほどでもないんだけどさぁ。…俺、あんな子よりも王女様を応援しているんだよね。誰も理解してくれず、苦しいほどの嫉妬や葛藤と日々戦う君をね。」
「!?」
「大丈夫、俺は分かっているよ。君の矛先のない怒り、理不尽さ。憎い者をお膳立てをしなくちゃいけない生き方も。…殺したいほど肉親を憎む激しい衝動も。…俺は全部知っているよ。」

アーデンの手が、私の頬を撫でる。私は、戸惑うと同時に、彼の言葉に引き寄せられた。
彼は、本当にわかってくれていると感じたから。父上のように…いや、父上よりも、ずっと。

「なんで、知っているの?」
「俺も、似たような目にあったからだよ。」

顎を引かれて視線を合わせられる。何かを映し出しているかのように、私を見つめるその瞳。苦しみと恨みが浮かんでいるように見えて、アーデンの手を無意識に握った。

ー …おーい、●!どこだ?

遠くでノクトの声がする。アーデンの手が、そっと私から離れたけど、咄嗟にその手を掴んだ。その手を握り返しながら、彼は穏やかな声で私を慰める。

「君は俺の片割れだ。君が泣きそうな時は必ず来てあげるから安心して。」

約束、と頬を伝った涙が親指の腹で拭われる。そして、彼の姿は瞬きのうちに消えてしまった。まるで初めからそこには誰もいなかったかのように。私の手は、宙を握っていた。

「あ、いた!こんなところにいたのか。メシ、できたぞ。」
「…。」
「って、どうした?」

私はノクトから背を向けたまま、あの声を思い返す。彼は私と同じ、いや、それ以上の深い絶望や怒りを味わっていたのかもしれない。

彼に、近づきたい。もう一度、寄り添ってほしい。そして、彼を知りたい。

「何でもないよ」

end

ノクトの目を見ずに、それだけ返した。

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