ほしい関係


「うっ、いってて!」
「オイ、大丈夫か?ほんとにお前は目が離せないな。」

シフトの練習中にシフトのタイミングを見失って高みから落ちてしまった。
受け身をとれたのはいいけれど、やっぱり痛い。いたいーっ、と思い切り荒地で叫んで地面に転がってしまった。足はくじいたし、手は擦ったし、血が滲んでいる。
そんな私にニックスはいち早く駆けつけると、呆れた顔でポーションを使ってくれた。

「あ、ありがとうっ。」
「今度なんか奢れよ。」
「え〜っ。」
「何だよ。この前の狩りの時だって俺に助けられただろ。借り、溜まってるぞ。」

ニックスはニッと笑うと、私の隣に腰を下ろした。
彼は兄貴肌で、面倒見が良くていいひと。私にとっては本当に兄のような存在だった。彼からは、いつも守られて、呆れられて、加護されていた。内心悪いなと思うけれど、すごく嬉しかった。
そう思うのは、私には、昔兄がいたからかもしれない。兄の面影があるニックスに、兄への愛情を感じてしまう。それに、ニックスもかつては妹がいたから、私を妹のように扱う節がある。私たちは似たものを失って、似たものを大事にしている気がした。…決して、口にはしないけれど。
本当は切り離して考えないといけないのはわかっている。でも、もう少しだけ切り離したくないと、勝手にしがみついてしまう。ニックスがたった1人の家族のようで、私の孤独を紛らわしてくれる気がしたからだった。

「ねぇ、なんでニックスはシフトがうまいの?」
「俺が優秀だからだ。当然だろ?」
「む、腹立つ!」
「はは。悔しかったらもっと練習しろよ。お前だって才能がないわけじゃないんだ。ちゃんと使いこなせるさ。」

励ましを付け加えると、ニックスはごろりと荒野に転がった。両手を頭の後ろで組んで、空を見つめている。今は訓練中だっていうのに、人が周りにいなければ、彼はこんなに気を抜く。
彼の空を見る目は穏やかで、口元は緩く上がっていた。

「どうしたの?そんな楽しそうな顔しちゃって。」
「お前に何奢らせようか考えてた。」
「なっ!本当に奢るの!?」
「そりゃな。俺がポーションを持ってなきゃ、今頃お前は足を抱えて泣いてただろ?」

そうだけど…、と何も言い返せないでいると、ニックスは満足そうに笑う。そして、自分の隣の地面を叩くと、お前も横になれよ、と誘う。私は誘われるがまま、寝転がった。
目の前に広がるのは、何もない空だった。快晴でもないし、曇ってもいない。でも、その普通の空が何より好きだった。敵船がいないだけでも、こんなにも穏やかな気持ちでいられるのかと、少し感動していた。

「安いのにしてね?」
「奢るのが嫌ならお前の手料理でもいいぜ。」
「へ?」
「料理、得意なんだろ?」
「まぁね?」

ニックスは私を見る。私は少しためらいながら、うなづいた。

「決まりだ。今度の休みに何か作ってくれよ。材料は俺が買ってくる。」
「しょうがないなー。」

私はどこか楽しい気持ちになりながら、つい言ってしまった。

「お兄ちゃんは何が食べたいの?」

と。

自然と口にしてから、あっと、慌てる。でも、口にした言葉は彼の耳に残っている。
誰がお兄ちゃんだよ、とニックスにからかわれると思って、言い訳を考えたけれど、予想した反応はなかった。

ただ、さっきまでの楽しそうな顔が消えて、不服そうな顔になっていた。スッと細められた目は、私を責めている。彼は横向きに体制を取り直すと、頬杖をつきながら言った。

「俺はお前の兄貴のつもりはないぜ。」
「…、ご、ごめんなさい…。」

その一言は結構胸に来た。
少しくらい、彼はそのつもりでいると思っていたから。私の兄のような存在を意識して作って関わってくれているのかと、思いたかった。
でも、その家族のような関係は、私だけが求めていただけ。彼にとって、私はただの仲間であって、家族ではない。
一気に私は距離を遠ざけられた気がして、悲しくなった。

「お前は、俺を兄だと思ってたのかよ。」
「う、うん。」
「勘弁してくれよ。」
「…ご、…ごめん。」
「俺は、そんな枠で収まる気はないんだ。」

ニックスから低い声が出た。ドキッとしてニックスを見ると、彼の顔が距離を縮めてくる。
彼の真剣な瞳が私を射抜く。いつもと様子が違うニックスに胸がドキドキして、どうしたらいいのかわからなくなった。

「俺は1人の女としてお前を見ているんだ。今ここで、キスでもしたら、分かってくれるか?」
「え?…それは、どうい、」

私の返事を待たず、柔らかな唇が私の言葉を飲み込んだ。
私は、キスをしていた。ニックスと。
この時初めて、彼がなりたい関係が、私の望んでいるもの以上の関係だと知る。

「…え、…ニックスっ。」
「本当に、鈍いよな、お前って。」

ゆっくりとニックスが離れる。ふっ、と困ったように笑っていた。その目は優しいのに、まだ物足りなそうに揺れていた。
彼の手が降りてきて、髪の毛に絡まる。髪を掻き撫でながら、熱い息を吐いた。私は彼の男の色気に緊張して、逃げることを忘れていた。そんな私に、彼は意地悪な笑みを向けてきた。

「何だよ。もっとしていいのか?」
「な!!」
「.…っ、おい。」

必死だった。無意識に、私はシフトをして離れたところにワープする。高い木の上から、膝をついているニックスを見下ろした。ニックスは私のシフトに気づいて顔を上げる。目があうと、彼はニッと笑った。

「なんだよ。うまいじゃないか。」
「身を守るためだもん!」
「よし、ならシフトで拠点に戻ろうぜ。どっちが先に戻れるか勝負だ。負けたら、そうだな罰ゲームだな。」
「なにそれっ〜!…って、ちょ!まって!」
「ほら、早く来いよ!手加減はしないぜ?」

すごく楽しそうな声が遠のいていく。私は触れ合った唇をそっと撫でて、その熱を感じる。
恥ずかしさと少しの嬉しさを手に込めて、武器を握ると、思い切り空へと投げた。


end

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