最終話. 隣にきみ

朝早く起きて、シャワーを浴びた。ニックスはまだ寝ている。身体中に浮かぶ痕を服で隠して、脱衣所を出るとニックスが立っていた。

「うぁあっ、びっくりした!何?シャワー浴びる?」

ニックスの目は私を頭の先からつま先まで見おろすと、残念そうな顔になって首を振った。

「何で起こしてくれなかったんだ?一緒に入れば良いだろ。」
「ふふ。残念でした。」

意地悪く笑って見せると、ニックスは面白そうに口角をあげた。そして、私を抱きしめると脱衣所に押し戻す。

「じゃあ、俺の体を洗ってくれ。」
「そんなことしてたら仕事に遅れちゃう。」
「まだ朝早いだろ。お前と熱いシャワーを浴びたいんだよ。」

口答えを許さないように、私の口にキスをする。そして、両手で私のシャツをまくし立てて、ブラに指をかける。

「もう…っ。」

困った声を出せば喜ぶニックス。彼の手で脱がされながら、ふと、悩んだ。
ニックスと付き合っていることを、周りに言うか言わないか。ニックスには悪いけれど、ロイドと付き合っているとのろけた手前、その2週間後にはニックスと付き合っているなんて、ちょっと言いにくい。

まぁ、みんなはなんとなく私とロイドの中に亀裂が入り、ニックスがその間に入ってその二人の壁になっていたことは分かっている。ただ、優しさからか、たとえ気になっていても聞いてくることはなかった。
だから、多分、みんな何となく察している。

「どうしたら俺に集中してくれるんだ?」
「っ…あ、ごめん。」

甘えるように、ねだるように私の胸に顔を擦り寄せてくるニックス。その髪を撫でながら、ニックスの顔を困った顔で見つめる。…伝わるかな?

「何だよ。」
「ニックスはさ、その、私と付き合っていること、みんなに知らせたい?」

ニックスは一度瞬いてから、私の胸に顔を沈めてコクンとうなづいた。…そっかぁ。

「もう周りの奴らは気づいていると思うぜ。」
「だよね。」
「だったら見せつけようぜ。ロイドの野郎に俺たちがどれだけ愛し合っているか、それが礼儀ってもんだろ?」
「礼儀?」
「ああ、あいつのおかげで俺たちは付き合えたんだ。お礼をしてやらないと。」

してやったりな笑顔。ニックスったら…どんだけロイドのこと嫌いなの。笑ってしまう。

「うーーん。」

私の答えを待ちながらニックスはまた痕を残していく。ちゅちゅ、と時間を有効に使い始めるニックスを見ていたら、分かる。これは寧ろ隠しきれない。
でも、私はメンツが保てない…。さすがに、2週間後には別の男なんて、早すぎる気がする。

だから、ニックスにはもう少し黙ってもらうことにした。

◇◇◇◇◇◇

「何だよ、今日のお前はなかなか気持ち悪いぜ。」
「何とでも言えよ。今日は朝から機嫌がいいんだ。何ならお前にキスでもしてやろうか?」
「うお、気持ち悪ぃ。お前じゃねぇな。誰だお前。ニックスの皮を被った死骸か何かか?」
「そんなに離れるな。俺は寂しがり屋なんだ。こっち来い。」
「ひぃ、…やめてくれよぉ。」

俺から五歩遠ざかるペルラ。俺はニヤッと笑って前を向いた。

「さっきのモンスターの毒液にでもやられたのか?」
「そんなわけないだろ。」

任務後スタスタと歩いて拠点に帰る。
早く俺の恋人に会いたい。俺の頭の中には昨夜の●の姿が浮かんでいた。あれはサイコーだった。グッとくる。今夜も早く帰って可愛がりたいと、心の底から楽しみにしていた。

「ん?もしかして、…女でも出来たか?」
「…。」
「図星だろ!今一瞬顔が緩んだぞ!」
「一応、口止めされてんだ。」
「おい誰だよ!?まさか、お偉いさんの令嬢か?」
「ご想像にお任せだ。」
「いや、単純に●?」
「…。」

単純にって、何だよ。どこか引っかかりながらも、答え待ちのペルラにウインクした。

「やっぱりな!!最近妙にお前らの距離が近くて、怪しいと思ってたんだよ。みーんな、噂してたんだぜ?でもよ、●は恋人がいただろ?あの新人のヒョロイ男。」
「ああ、あのクズ野郎か。」
「なぁ、何があったんだよ。」
「悪いな、ここから先はあまり言いふらせないんだ。」
「ふぅん。まぁ、あいつも変な噂があるからな。あんな誠実そうでいかにもいいとこの坊ちゃんって顔しておいてよ、店の女引っ掛けたり、連れ回しているんだとよ。羨ましい野郎だ。」
「気持ちの悪い野郎だ。」
「でもよ!一つ笑える話があるんだよ。傑作だぜ?」
「何だ?」

ペルラが教えてくれた話を聞いて、俺は思わず吹き出して笑ってしまった。


◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、●。」
「ん?」
「話したくないなら、別にいいんだけど。…もしかして、ニックスと付き合ってる?」
「!?!!?」
「あ、もう分かったわ。」

クロウは面白そうに笑う。

「ま、聞くまでもなかったけどね。ニックスは片時もアンタのそばを離れないし、ロイドのやつを見るたびにすんごい顔で睨んでるし。」
「…う、うん。実は…。」
「でも、良かったと思う。アタシ、実はロイドの変な噂を耳にしていたから。アイツ、女癖悪いみたいよ。」
「うん…。」

身をもって体験したから分かる。苦笑いしてうなづくと、クロウは労わるような目を向ける。

「ニックスはいい奴よ。絶対、アンタのこと見捨てないし、守ってくれる。それに、アンタといる時のニックスって、すごく楽しそう。」
「…うん。」

私は少し照れる。

「仲良くやってるんだ。」
「らしいね。よかったよ。…ああ、噂をすれば。」

クロウが微笑んだ時、足音が聞こえる。振り向くと、ニックスが立っていた。

「恋人の登場。」
「ん?なんだよ。俺が男だって喋っちまったのか?」
「自分から喋ってないよっ?」
「この子は分かりやすいの!…じゃ、また。」

ぽんっと背中を叩かれて、クロウと別れる。ニックスは私の隣に立つと、ニヤニヤしていた。

「なぁ、スカッとする話がある。」
「なに?」
「ロイドの浮気相手のルーナいたろ?」
「うん。」

私はどんな子か知らないけど、私と同時進行して付き合っていたロイドの相手。


「そいつ、男だったんだとさ!」





…は?

「…うぅえええ?!」

なにぃぃ???

ニックスは笑いを抑えきれないというように、吹き出しながら続ける。

「俺も完璧騙されたけどな!声も女だし、胸もあった。…でも、実は男だったんだとよ!」
「……ぶっ!!」

まさか!というオチに私たちは笑い転げた。そんな馬鹿みたいな真実に、泣いたことや裏切られた思いで鬱々していた日々が馬鹿らしくなる。

…な、なるほど、ロイド君は今頃どんな気持ちでいるんだろうな。
…まぁ、もう知ったこっちゃない!
私は溢れ出た笑いの涙を拭った。

「運命ってわからないね!」
「だな。今頃女不信だろ。やつにはいい薬だ。」

楽しそうに、ニックスは私の手を絡みとる。私もその指に指を絡めて身を寄せた。まだ笑いながら肩を並べれば、自然と足が帰路に向いた。

「仮に、あの野郎がお前にすがりついてきても俺はお前を手放さない。」
「当たり前でしょ!やだよ、そんな浮気男!…女と男の区別もつかない奴なんて、なおさら」
「くっ…ふ、ははっ、だな。」

ロイドを馬鹿にする私を見て楽しそうなニックス。とても満足そうだ。
私はそんなニックスの笑顔を見て心が緩んだ。

彼は、私が傷ついたとき、苦しいとき、沈んでいた時、私のそばにいて、守ってくれた。
この人がいなかったら、まだ私は笑えていなかったと思う。

「ニックス。あの、本当にありがとう」
「なんだよ?急に」

ニックスは珍しそうに首を傾ける。まるで礼を言われるようなことなんてしていないとでも思っているようだ。

私はちらっと周りを見て、誰もいないことを確認するとニックスの腕を引く。バランスを崩したニックスは少しよろけて私の方へ身を崩す。近づいた頬に、背伸びをしてキスをした。

「!」

不意打ちのキスにニックスは驚く。咄嗟にキスをされた頬を手で押さえると、私を見つめた。私ははにかんで、ニックスの手から手を離すと先に進む。

「流石に今のはずるいんじゃないか?」

駆け寄ってくる声。顔が緩んで戻らない。まずいなと思いつつ、立ち止まって彼が隣に来るのを待った。



end


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