ライバルが家に来た


※サイモンが家に来た。

――――――――――――

コナーはスーパーのレジ袋を持って家に戻って来た。

今夜は●の好きなパスタを作ってあげよう。デザートは生チョコ。昼に作って用意している。きっと喜ぶだろう。気を良くした●とはきっとキスできるに違いない。

口元を緩めながら鍵を開けて家の中に入る。
しかし、ただいま、と言う前にどこか家の中で違和感を覚える。いつもと空気が違う。何だ?何か、別の存在の気配がする。

「…●?」
「おかえりー。」

いつもの●の声がリビングから聞こえる。思い違いかと安心してリビングに向かうと、思わぬ存在に衝撃が走った。

「やぁ、おかえり。」

●の隣に何かいる。
いや、それは知っている顔だった。彼は、エデンクラブにいたアンドロイドのサイモンだ。
サイモンは半目を向けて当然のようにソファーに座り、●の横でテレビを見ていた。

「な、な、何でお前が!?!」

パニックに陥ってコナーの手からレジ袋が落ちた。カチャッと卵が割れる嫌な音がしたが、今はそんなものに構っていられない。

「●!これは、一体、どういうことなんですか!?」

金髪碧眼のサイモンは、暖かそうな紺のパーカーとジーパンを着ていた。パーカーの中央には可愛らしい熊の刺繍が入っている。絶対●が買い与えたものだ。

「あー、今日ね、エデンクラブのマスターにコナーのメンテナンスの方法について聞きに行ったのね。で、普通に帰ろうとしたら、サイモンと目があって…。まぁ、…なんというか、捨てられた子犬のような目を向けてきたから、…買い取っちゃった。」
「そういうことなんだ。」
「!?」

落ち着き払ったその青い瞳にコナーの青筋が立つ。コナーは首をブンブンとふってソファーに座る●に訴える。

「だめです!今すぐエデンクラブに払い戻してください!僕は認めませんよ!」
「いやー、でも、コナー1人に家事させるのも悪いし、もう1人手伝ってもらえたら楽でしょ?」
「いいえ!僕1人で足ります!あと三件ほどの家事や掃除は朝飯前ですよ!だから、こんなアンドロイドはいりません!どうか考え直してください!お願いですから!」

必死に交渉するも●はもはや決定事項であると断言。
精神的ショックを受けるコナーはしばらく機能停止して瞬きもせずに宙を見ていた。

「……。」

自分のことで論争が起きていてもサイモンは気にしない。サイモンはコナーからテレビに目を移して、眠そうな半目で喜劇を見る。

◆◆◆◆
「…はぁ。」

アンドロイドの自分からまさかため息が出るなんて。一気に流れ込んでくる精神的ストレスのせいでコナーの目元にクマが浮かんで来た。

「何か手伝おうか?」

トマトソースを作りつつ、具材を切っていたらサイモンが声をかけてくる。コナーはストレスの原因を思い切り睨む。

「君は料理が作れるのか?エデンクラブで働いていた奴に、料理のプログラムなんて入っていないだろ。」
「いや、ある。」
「!?」

さらっと低く落ち着いた声がコナーのストレスレベルを上げていく。

「エデンクラブに来る前にある人間の世話をしていたんだ。家事は一通りこなせるよ。他に作るものがあれば指示してくれ。」
「いや、いい!君はどこかに行っていてくれ。料理は僕の仕事なんだ!」

コナーは爆発寸前といった不機嫌極まりない声をだすが、サイモンの表情は何一つ変わらない。落ち着いた声で、分かった、と答えると、言われるがまま出て行く。

「はぁ、なんでこんなことに。僕で足りるっていうのに!」

怒りを込めて具材を切り、力を込めて炒めて、完成したパスタ。
込めた思いはともかく、味はバッチリ。綺麗に盛り付けをして、サラダとスープを添える。そして、生チョコをデザート皿に乗せて、紅茶をグラスに注ぐ。

「彼が家事アンドロイドであったとしても、彼女の好みを知り尽くしている僕に敵うわけがない。僕で足りると分かればきっと●も考え直すだろう。」

サイモンを追い出すという目標を勝手につくると、ドアを開けてリビングを覗く。

「●、夕食が出来…、」
「うわー、強い!サイモンってチェス強いなぁ。」
「すまない。俺が負けるべきだったね。」
「いやいや、いいんだよ。それじゃあ勝負にならないし…って、あ、夕食だ。」
「………。」

コナーに料理を任せている間、チェスを楽しむ●とサイモン。コナーが握っていたドアノブがミシリと不自然にしなる。

●は気付かずキッチンに入ると、サイモンまでついて来た。コナーはすかさず2人の間に割って入ると、サイモンを手で制する。

「君は食事をとる必要がないだろう。そこにいるべきだ。」
「コナー、君は?」
「僕は彼女のそばにいる。」
「俺はだめなのか?」
「僕1人で十分だ。」
「サイモンもくる?1人じゃ寂しくない?」
「なっ、…いけません!僕がいれば足りるじゃないですか!なんで3人も必要なんです?」
「いや、仲間はずれは良くないと思うよ?」
「…っ。」

何で、僕が怒られなきゃいけないんだっ。イライラと眉間にシワが寄る。
これは嫉妬だ。彼女を独り占めしたいんだ。
こんな邪魔な奴、視界に入るだけで破壊衝動に駆られる。

「俺はリビングにいるよ。」
「え、いいの?」
「ああ。」

察したサイモンは、リビングへ消えて行く。コナーはやっと怒りが静まって力が抜けた。
●は苦笑いしながら息を吐く。

「コナー。嫉妬しなくてもいいのに。」
「せずにいられると思いますか!?僕は、あなたとこの愛の巣で2人きりで過ごしたいんだ!何で、よりによってあいつを!?」
「やっぱり、ものとして扱われていたから解放したくて…それに、コナーの相談も乗ってくれたから、恩があるっていうか。」
「っ。」

コナーも一度だけサイモンから助言を受けた。その言葉がなければ、今こうしてここにいなかったかもしれない。…たしかに、サイモンは●をいやらしい目で見てくることもなく、達観した目で身の回りのものを観察しているというアンドロイドだ。
害はない。…今の所は。

「ねぇ、コナー。」
「何です?」
「キスしたら、少しは落ち着いてくれる?」
「!」

体に抱きつく●。愛らしい声で問われれば、それ以上怒ることはできない。惚れたものの弱みで、その取引に応じるしかない。
諦めたように目を閉じて、優しいキスをもらった。



end


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