留守番は苦手


暗闇の中で金属音が部屋に響く。コナーは窓の外を見つめながら、コインを手から手へと弾いていた。無表情で興じられたコイン遊びは、はたり、と止まり。用がなくなったコインはポケットの中へのしまい込まれる。

「ふぅ。」

凛々しいその瞳が、街灯の少ない街に向けられる。綺麗に拭かれた窓に、指紋を持たない手が張り付くと、形のいい唇が彼女の名前を呼んだ。

彼女は何時に帰るかわからない、今どこにいるのかもわからない、僕が君の帰りを今か今かと待っていることもわからないだろうか?…ああ、分からないさ。きっと、今彼女は同窓会という場で、仲良く友人と過ごしているんだろう。…僕という存在をすっかり忘れて。

「早くしてくれ…。」

ぎりりと指が折り曲げられ、窓を滑る。
ほんの少しの時間であっても、自分という存在が忘れられ、他の誰かが優先されていることは辛かった。…おそらく、今僕が感じている感情は"寂しさ"という感情なんだろう。それは他の誰でもない彼女にしか、解消されない厄介な感情。

ー 今夜は留守番をしていてね。

それが●から頼まれた今日の仕事。彼女と僕の家を守ることが今の僕の仕事だった。でも、そんな約束がなければ、今すぐにでも外に出て彼女の居場所を突き止めて、店の前で彼女が出て来るまで待っていただろう。

それができない僕は、窓から離れて彼女のベッドの上に横たわる。彼女のにおいに包まれたことで、ほんの少しだけ寂しさが紛れた。シーツの上に落ちていた彼女の髪をつまんで見つめながら、壁の時計を何度も確認する。

「クソ…。」

僕は彼女を待つという行為がやはり苦手だった。エデンクラブを思い出す。商品棚に人形のように並べられ、ガラスケースで閉じ込められていた時、ひたすら彼女を待っていた。
今も、そうだ。環境は違えど、もしかしたら永遠に会えないのではないかという不安に襲われる。

「早くきてくれ。僕は君に会いたいんだ…もう、3時間14分52秒も待っているんだ。」

…まさか、異性に目をつけられてはいないだろうか?また、僕の見えないところで、僕以外の異性を選んでいないか?
フラッシュバックする。あの時の、裏切られたような思いと、見捨てられたのではないかという絶望感。

「ッ…!」

まるで今そのことが起こっているかのような錯覚が起きる。それは過去のことだと分かっているのに、居ても立っても居られなくなってベッドから起き上がる。顕在化する不安がかき消せなくて、二階から一階へ階段を降りていた。

「●…。」

預けられた合鍵を握って玄関を見る。留守番が仕事であっても、今はどうにも果たせそうにない。部屋の電気を消して玄関のドアを開く。外に出ようとした時、ドアの前に●が立っていた。

「あれ?どうしたの?」
「●!」

会いたくてたまらなかった人に会えて、喜びと安堵が胸に押し寄せてくる。

「遅かったじゃないか…っ。」

●を抱きしめる。●はおおげさだなぁ、と楽しそうに笑いながらコナーの頭を撫でてやった。

「なに?そんなに寂しかったの?」
「ああ。たまらなくね。…なんでこんなに遅かったんだ?」
「二次会に行ってて。」
「そこで人間の男とは話していないかい?…僕のことを忘れていなかった?」
「そんなこと!…あーもう、コナーったら!」

●は肩口に顔を乗せるコナーの髪にキスを落とす。安心して、という意味を込めて。それでもコナーの顔に不安が漂っていた。そんな彼に苦笑いしてから、彼女は家に目を移す。

「とりあえず、家の中に入ろう。」
「ああ。」

コナーと二人で家に入り、憩いのリビングへ移る。上着を椅子にかけて、二人でソファーに座った。コナーは座るや否や●の手を握る。
●は部屋を見渡して喜んだ。

「すごい。全体的に綺麗になってる。全部掃除してくれたんだね。」
「そうした方が気がまぎれる。…そんなことはいいんだ。そんなことより、」

寂しくて冷たくなった体を●に寄せる。彼女の肩を抱き寄せて、●の顔を見下ろしながら聞いた。

「君を誘う男はいなかった?」
「いないよ。」
「ほんとうに?」
「もちろん。…心配しすぎ。」

自分の知らないところで、誰かと過ごされていることがトラウマだった。もやもやした思いを胸に、ふぅーっと鼻から長い息を吐く。

「今度、こういう集まりがあったら僕もついて行きたい。店の前で待っているから。」
「うーん、でも、外で待たせていると思うとちょっと悪いし…。」
「僕は大丈夫だ。それに、家で待つのも店の外で待つのも、待っていることには変わらないだろ?…それとも、僕にはいて欲しくない理由でも?」

チラリと覗くコナーの黒い部分。いつも素直に二つ返事で仕事を頼まれるコナーだが、●に関する独占欲や嫉妬心に火がつくと黒い光を放つようになった。

「今日はすごく我慢をしたんだけど、やっぱり君を待つということは僕にとって負担なんだ。前の僕たちを思い出してしまって、分かっているのに、もう来ないんじゃないかと思って、つい不安になる。」

以前、エデンクラブでコナーがパニックに陥ってガラスを叩いたことがあった。そして、その後は泣き崩れるように倒れこんできた。あの時のことを思い出しているんだと思うと、●も胸が痛くなる。
彼が辛い、怖い、やめてくれということには、必ず意味がある。できる限りは汲み取ってやりたい。

「わかった。じゃあ、今度は行こうね。」

決まり。と約束をした●にコナーはやっと表情が和らいだ。ふ、っと緊張の糸が切れたように目を閉じて、顎を彼女の頭に乗せる。

「ああ、そうだ!」
「ん?」
「さっきね、みんなにコナーのこと自慢しちゃったのっ。」

●は明るい声で話題を振る。今自分の家にステキなパートナーがいることを言いふらしてきたという。コナーの写真を見せたり、コイン遊びをしている動画を見せたり…とにかくコナー自慢をしてきたと嬉しそうに話す。

「みんな、かっこいいって!コナーの型はまだ見たことないってたよ。ふふんっ。」
「…●。」

自分のことなんて忘れられていると思った。でも、それは大違い。こんなに喜色満面にコナーの話をしだす●に、当の本人としては少し恥ずかしい。そして、ずっと抱いていた不安は思い過ごしだった実感できた。

「あ!でね?私の知り合いにデザイナーがいて、アンドロイドの服を作ってる子がいるんだけど、今度その子の店に行ってみない?コナーに似合う服たくさんあるんだってっ。」

コナーの頭が…いや、彼の人生が●中心で回っているとそう変わらず、●の頭もコナー中心で回っている。
なんだ、そうなんだ、と気づくとコナーの胸に安心が宿った。

「じゃあ、明日行くかい?」
「いく!」

ニコニコと笑う彼女を疑うことはもうよそう。彼女はこんなにも自分を愛してくれているんだから。…ごめん、と小さく呟いて、彼女の手を握り直した。

end

このお話は、link、Twitterでお世話になり過ぎております、らくさんに捧げます!
らくさんのステキな絵や夢をとても楽しみにしています!これからも夢を通して仲良くしてもらえるとうれしいです。

親愛を込めて。



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