悪夢の先


嫌な夢を見た。恋人にフラれる夢。
ハッと目を覚まして、ドキドキする胸を押さえながら上体を起こす。
胸騒ぎと、焦りと、落ち着きのなさから、ベッドから降りて水を飲む。
時計を見たら、夜中の2時。まだ日は昇らないのに、1人でいなければならないなんて、つらすぎる。

「はぁ。」

ため息をついて、真っ暗な夜に浮かび上がるドアノブを見る。リヴァイは寝ている。でも、会いたい。でも、そんなことしたら、さすがに迷惑だよね。

「…はぁ。」

可愛くないのかな。素直じゃないのかな。恋人となれたのに、私は彼との一線を越えられないまま、時間が流れている。

潔癖だから、手は繋がない。
掃除が下手だから、部屋に招けない。
彼は紅茶が好きだから、私は苦手な紅茶を飲む。
彼は兵士長だから、私は敬語で話す。

結局、上司と部下の垣根を超えない私は、悪夢を1人で抱えなければならない。朝が来たら、悪夢を忘れているのかもしれない。
でも、こうして1人で泣いていることはきっと忘れないんだろう。

はぁ、ともう一度ため息を吐いてから、死んだように瞼を閉じた。

ーーーーーーーーーーーー
朝、起きたら目が腫れていた。眼鏡でもかけて行こうかと思ったけど、それだと逆に目立つし、やめた。

業務に訓練、滞りなく続く一日。
その忙しさの中でも、チラついたのは昨夜の悪夢。
それを思い出せば、目元の腫れが増した気がして眉間にシワが寄った。

「…はぁ。」

重いため息を吐いた時、コツリ。と背後の木の床が軋んだ。誰?と振り向けば、リヴァイが立っていた。

「ぁあ?」

私の目を一目見た瞬間に、リヴァイの細い目が、より細められて私に一歩近づいた。

「泣いてたのか?」

少しだけ驚いた声。私は少し戸惑った。何もないですよ、と嘘を前面に出して鉄の心を示していたのは、昨日までの私。
今の私はそんなことできない。
聞きたかった声に飛びつくように、私はリヴァイに抱きついた。

「…ッ!?」

ここは、人気のない廊下。誰の目もない場所で、私はリヴァイの肩に顎を乗せて小さく頷く。
戸惑うリヴァイの手は宙に浮いて少し迷いつつ、私の背中にそっと降りた。

「お前にしては珍しいじゃねぇか。…何があった?教えろ。」
「怖い夢を見た。」
「夢、だと?」

敬語も話さない私は、まだはっきり残っている悪夢を思い出しながらリヴァイに話した。リヴァイは黙って私の悪夢を聞いた後、一言言った。

「何でその時、俺の部屋に来なかった。」
「だって時間が…。」
「ンなことは気にすんな。1人で泣いて目が腫れるくらいなら、俺の横でアホみてぇにだらしねぇ顔で寝てろ。いいな?」
「…リヴァイ。」
「ぁあ?」

嬉しかった。なんで今までこんなに臆病だったのかと思う。昨夜、ドアノブを捻られなかった私が馬鹿らしく思えた。
今、やっと今まで張り付いていた鎧を脱いだ心で素直に想いを口にできる。

「大好き。」
「…ふっ。どうした?お前、こんなに素直な女だったか?」

どこか呆れながら、どこか嬉しそうに、リヴァイは私の頭を撫でてくれた。私は自分で作った壁を自分でぶち壊して、やっと息が吸えた気がした。


end

「今日は、部屋に行きたい。だめ?」
「俺が断ると思うか?いちいち許可を求めるな。」
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