夜道の甘い出来事


団長の表情が優しいと思ったら、頭を撫でられていた。
さっきの店で、少しばかり飲みすぎたのかもしれない。どこか頬が赤くて緩んだ目を向けるエルヴィン団長の手つきは優しい。

私は目を閉じて撫でられていると、空気が動く。ふと目を開けると、すぐ目の前に団長の顔があった。優しく、甘い目で距離を縮めていく彼に、わっと驚いて、つい顔を背けてしまった。

いや、別に嫌で背けたわけじゃない。ただ、驚いて…、どうしたらいいのかわからなくなって…つい。だから、また慌てて団長を見ると、もう彼の顔は遠のいていた。優しい手も頭から離れている。

「すまない。…とても失礼なことをした。」

目を伏せながら、どこか苦しい声に、聞いてるこちらが心苦しくなる。私は胸に広がる後悔と罪悪感に唇を噛んだ。
彼はまるで私や、今しがたの自分から逃げるように踵を返して兵舎へ歩く。

まって、と言いたかった。その言葉が喉まで出かかったけれど、呼びとめたら次になんていえばいいの?でも、触れないまま夜が明ければ彼はずっと遠くに行ってしまう。

もう少しでふれあいそうになった唇をそっと撫でる。あの優しい目を思い出せば胸が熱くなり、立ち去る背中を見れば胸の奥が切なく締まっていく。

「え、エルヴィン団長!」
「……。」

聞こえているはずなのに彼は振り向いてくれない。顔を合わせられないのか、彼が私を拒んでいる。それが寂しくてぱっと駆け寄ったら…、

「あっ。」

段差に気づかず、コケてしまった。ガッと、つんのめって短い叫び声が出る。そして、どさっとレンガ道に転んでしまった。

…ださい。…かっこ悪すぎる。さいてーだ。私は目を閉じて地面に伏せていると、コツコツと足早にこちらに戻って来る気配がする。

「大丈夫か?」
「…エルヴィン団長が、逃げるから。」
「そんなつもりは…だが、そうだな。先ほどの呼びかけに応えなかったのは事実。悪かった。怪我はないか?」

私は地面に座り込んで、足首を見た。少し捻っただけだけど、嘘をついてみる。

「捻りました。」
「歩けるか?」
「痛いです。」
「…なら、背中をかそう。」

エルヴィン団長が背中を向けてくれる。私はよじ登るように背中に体を重ねて腕を回した。膝裏に腕を回されて、おんぶしてもらう。
さっきよりもずっと近い距離に、安心した。でも、相変わらず顔が見えなくて、彼がどんな気持ちでいるのか気になる。

「エルヴィン団長。」
「何だ?」
「さっきのは?」
「いつのことだ?」
「わかってるくせに!」
「……。君が側にいると冷静でいられなくなる。冷静であろうとしているのだが、難しいものだな。」
「答えになってないよ。」
「答えているつもりだが?」
「…なってない。」
「では、こちらからも聞こう。…嫌だったか?」
「嫌なら、こんな風に負わないし、怪我もしない。」
「答えになっていないな。」
「答えてる!」

んもう!と彼の首に腕を回すと、エルヴィン団長は小さくため息をついた。

「やはり、君には敵わないな。こんなにも余裕がなくなる。どうやってしのげばいいのか、やり過ごせばいいのか、分からなくなる。」
「私に弱いんだね。」
「そういう事だ。…まぁ、見事にフラれてしまったがな。」
「ふってない。」
「では、何だ?」

どこか挑発気味に私は聞かれる。私は恥ずかしかったけれど、答えることにした。

「さっきは恥ずかしくて、だから、その、逃げちゃったけど、でも、もしよかったら、その、さっきの、さっきの、続きをって!」
「…、ハハッ。」

辿々しく答えれば、彼は笑う。そして、歩く足を止めて、私に聞いた。

「歩けるのだろう?」
「…!…うん。」

見抜かれている。私は黙って下されると、エルヴィン団長と向き合った。
改めて向き合うと、恥ずかしい。エルヴィン団長はいつも通りの凛として真面目でこれから会議に出るんじゃないかというような堅物さを漂わせている。だから、緊張していると、彼は微かに笑った。

「俺よりも緊張していないか?」
「…っ、してる!」

意地悪な指摘にもっと言い返そうとしたら、ちゅ、と唇が重なった。やわらかな感触に顔に熱が集まる。何度か軽いキスを交わして、そっと離れる。
キスする前よりも色っぽい目になってるエルヴィン団長がいた。ドキドキしていると、彼は耳元で問う。

「続きは駄目か?」

その誘いにとろんと腰の力が抜ける。嫌なわけない。ふるふると首を横に振ると、こめかみにキスが落ちる。


end


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