見えない期待


バレンタインデー。
男女が浮き足立つ日がきたけれど、ここ調査兵団ではいつもと変わらない空気が流れていた。
そこはさすがというべきか…、恋愛とすっぱり縁の切れた人間の集まり。
まぁ、顔を赤らめながらソワソワしている新兵たちもいたけれど、ベテラン組はそんな期待さえ忘れたという顔。…そう、特に幹部組は。

「●。」
「はい!」
「この書類を本日一時までに仕上げてくれ。」
「はい。」

その中でもエルヴィン団長は、何一つ変わらなかった。今日がなんの日か知らないのかな?というほど、普段通り。キリッとした顔で私に会いにきて、仕事の指示を出すとそれ以上の会話はないというように退室する。

「やっぱり…ね。」

その仕事モードの後ろ姿に甘く声をかける隙はない。
…私はエルヴィン団長に憧れている。
でも、チョコレートは作っていない。彼に想いを伝えたところで、ありがとう、くらいがせいぜいなところだということを私は知っている。
相手なんて作らない人だし、遊びもしない人だ。

そんなことよりも今渡された書類をどうにかしなくては。

「…バイバイ、バレンタインデー。」

素敵な愛の日に別れを告げて仕事に取り掛かる。

◆◆◆◆◆
時間より前に書類ができたので団長執務室へ向かっていたら、袋を両手で抱えていたハンジさんに声をかけられた。

「やほー。おつかれ!」
「ハンジさん。お疲れ様です。」
「今日はバレンタインだね。●はチョコレートを渡す人いないの?」
「…いないです…って、あれ、それは?」
「日頃の感謝を込めて、●に私からのチョコレートをあげるよ!」
「あ、ありがとうございますっ。」

抱えた袋の中から出てきたものは素敵な包装紙。私はチョコレートをもらい、お礼を言うとハンジさんも嬉しそうに戻っていった。
渡されたチョコレートを見つめるとエルヴィン団長の顔が浮かんだけれども、あえて無視して執務室へ向かう。

「失礼します。」

ノックをして入室すると、私をみたエルヴィン団長は少し驚いた顔をした。そして、ワンテンポ遅れながら、手にしていたペンを机上に置く。

「頼まれていた書類をお持ちしました。」
「ご苦労。」

私は書類を手渡すとエルヴィン団長は書類を受け取りながら、私の片手にある包装紙に目をやる。

「…それは?」
「あ、これですか。ハンジさんからさっきもらいました。いわゆる友チョコです。」
「ハンジからの貰い物か。今日はバレンタインだからな。廊下に出ると甘い香りがする。」
「そうですね。…団長はチョコレートは好きですか?」
「普段はあまり食べないが、嫌いではないな。」

少し和らぐ青い目。そんな風に和らぐんだと新鮮な発見に見とれていると、団長は自嘲気味に笑った。

「少し期待してしまった俺は恥ずかしい限りだな。」
「え?」
「その包装紙を貰えるのかと思った、と言ったら、不愉快だろうか。」
「!?」

私は目を丸くしてエルヴィン団長を見つめる。見つめられた彼は苦々しく眉を寄せて作り笑みを浮かべていた。
まぎれもなく、今の言葉は彼の本音だ。それを見逃さず、私は緊張しながら口を開く。

「いや、今のは忘れてく、」
「欲しいですかっ?」
「…、いいのか?」
「あげたいです!…でも、そう言うものに興味がない人だと思って、用意してないんです…!」
「それは残念だ。だが、何もチョコレートでなくとも構わない。」
「えっとっ。」

代わりのものを考える間も無く、団長は椅子から立ち上がる。机を回って私の前に立つと、そっと私の手を握った。

「もし君が良ければ、これを機に考えてもらいたい。…俺との交際を。」
「!?…ほ、本当ですかっ?私と?交際?でも、だって、団長はそんな気一切見せてくれなかったし…っ。」
「落ち着いてくれ。」

握られた手と注がれる視線に私の心臓はおかしいくらいに脈打っていた。口調も早く、何を言っているのかわかりにくい。そんな私をみて口角をあげた団長は穏やかに私に声をかける。

「本当だ。だが、団長という立場で恋慕を見せるわけにもいかないだろう。俺の私情を見せれば、兵士の士気に悪影響を与えてしまう。だから、済まなかった。」
「…っそれも、そうですね。でも分かりにくすぎです。」
「謝るよ。だが、もう分かっただろ?」

背の高い団長が少し身をかがめる。顔を覗き込まれて恥ずかしくて半歩下がったけれど、繋がれた手がそれをひき戻す。

「気の利いた言葉が出てこない…あまり、その、経験がなくてな。」
「…あった方が困ります。」
「それもそうか。」
「ふふっ。」
「ははッ…。」

お互いこんなに近いのに、何をしたらいいのかわかっていない。ぎこちなくて、でも離したくはないそのもどかしい動きに2人は笑ってしまった。彼はこんな風に笑うのか…と、微笑ましく見つめていれば大きな手が私の髪を撫でる。

「団長、もう私の恋人ですか?」
「そういうことになる。」
「なら、今日綺麗な人からチョコレートを貰っても断ってくださいね?」
「あ、…ああっ。まぁ、貰えるとは思っていないが、君がいるのだから丁重に断ろう。もちろん、君にも言えることだが?」
「同性なら良いですよね?」
「それは許容範囲だ。」

無理だと諦めていた想いが受け入れられて求められて、こんなにも開放的な気持ちになるなんて。私はパアァァっと自分の顔が微笑むのを感じた。

「…ふっ。」

エルヴィン団長も滅多に見せない緩んだ顔を向けてくれる。それが嬉しくて、今日この場にチョコレートがあればと惜しんだ。そんな私を察したのか、エルヴィン団長はどこか意地悪そうにいう。

「チョコレートの代わりのものなら、今夜いただけそうかな?」
「…っ。」
「何とは言っていないが、…顔が赤い。」
「ん、意地悪!」
「そう怒るな。」
「…ぁ。」

思わずペチンと彼の腕を叩いたら、その手を引っ張られて今度は少し強引なキスを味わうことになった。


end


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