目の前で力尽きる


エルヴィンが風邪をひいた。
最近夏風邪が流行っていて、兵士たちもポツポツと不調を訴えて自室にこもり出していた。
任務のために健康管理にも手を抜かない彼が少し赤い顔をしてベットに腰を下ろしたのを見るのは新鮮だった。

「体調管理も仕事のうちだが、これでは部下に示しがつかないな。」

フッと参ったように、情けない自分に笑う彼は怠そうにジャケットを脱ぎ、私に無言で差し出した。私はそれを受け取りクローゼットのハンガーに吊るし、パジャマを取り出す。

「何を笑っている?」
「ん?」
「笑っているぞ?」
「ああ、これは…。」

寝具を両手に乗せてエルヴィンの元へ戻る途中で喜びがにじみ出てしまった。
信頼できる部下たちには、大丈夫だ。直ぐに治る。心配はいらない。と労わりの目から逃れるようにこの部屋に来た彼を知っている。
それなのに部屋に入るなり、私にはこう言った。

ー 頭がいたい。朝よりも熱が上がったようだ。看病してくれ。

と、どこか辛そうに、甘えを含めた瞳で私に弱音を吐いた。それを笑わずにはいられなかった。

「ごめん、嬉しくて。」
「俺は辛いんだが…。」

彼の言い返す言葉は短く、熱で覚束ない指先でシャツのボタンを外していく。私もそれを手伝い、体を拘束しているベルトを外してパジャマに着替えさせた。

「…はぁ。」

着替えも終わり、重い動きで布団を引き寄せたエルヴィンは熱い息を吐いて私を見た。私は医務室からもらった風邪薬と水を渡すと黙ってそれを飲み込む。

「寒いな。」
「…額はとても熱いよ?」
「寒気がする。」

もう目も開けていられないと言うように青い目をだるそうに閉じる。広いベッドに大きな男が一人、妙に壁によって寝転ぶものだから、もう1人分横たわれそうだった。
…ちらりと彼を見ると少し厚い唇の隙間から、熱をはいている。私の手が触れている額はとても熱いのに、肩先は微かに震えていた。

「お前は分かっていて無視をしているのか?」

弱った目をなんとか開いて私を咎めるエルヴィンに、私は笑みを浮かべてその隣に横たわることにした。
彼の体全体が熱い。でも寒くて震えている。私がその体を抱きしめると、エルヴィンは遅い動きで抱き返す。

「移してしまうな…。」
「今更?」
「…すまない。俺の甘えだ。幻滅しただろう。こんな子供じみた迷惑に…。」

いつも何を考えているのか分からない彼だけれども、今なら分かる。凡人と同じように、今のエルヴィンの頭は単純だった。
この時だけ、私は彼と同じ場所に立てている気がした。それがなんだか落ち着けて、いつもの追いつけないもどかしさを忘れられた。

「してない。こんな時くらい私にちゃんと頼ってほしい…だって、恋人だもの。」

汗ばんだ髪を撫でればその瞳は少しだけ熱を忘れて微笑んだ。でも、その笑顔は一瞬で…。力を失った目はまた閉じて、顔が私の片口に寒そうに埋まった。

「キスをねだりたくなった…が、こんな状況では流石に触れられないな。」
「ずるいよっ。こんな時だけ素直で。」
「…はは。」

汗ばんだエルヴィンからは熱い吐息が溢れる。クタリと私の体に頭を委ねる恋人の願いを、誰が無視できようか。
そっと体を離してから、顔を傾けて彼の唇に唇を重ねた。熱かった。舌を入れれば熱で溶けそうな程、彼の体内は焼かれている。

「ンッ…、…汗をかけば熱が早く収まるんだが…一人でも動けるか?」
「っ、ばか。そこまではしませんっ。」
「残念だな…まぁいい。お前が発熱した時にでもさせて貰おう。」
「…っ、早く寝て!」

クスッと病人は力なく笑い、力つきる様に眠りに落ちた。取り残された私は唇が熱い。
肩にかかる荒い吐息と、汗ばんだ恋人の顔を見つめて、私にだけ見せてくれたその弱り顔に胸の奥が溶けそうになった。


end
ALICE+