酔いから嫉妬


「お前、ああいう男が趣味なのか。」

酒場で仲間と飲んでいた時、市民の知り合いの男と居合わせた。おしゃれな身なりをしている彼はおしゃべりも上手。女性からの人気は高いだろうと皆が思うタイプの男性だった。

しばらく彼とカウンター席で話してから、酔って騒がしくなっている仲間たちの席に向かう。
そこでは、なぜかオルオはペトラに怒られており、エルドがひたすらハンジの長話に付き合わされていた。モブリットはグンタと話し込み、各々が好き勝手に過ごしている中、一人だけウイスキー片手に私の帰りを待っている人がいた。
鋭い目。決して高くはない位置から私を見つめるその目からどこか威圧感を感じる。

「いえ、趣味とかそんなんじゃ…ただの知り合いですよ。」
「ほう。お前の緩みきった顔はなかなかおもしれぇツラだったが…。」

ガヤガヤと周りは笑い、飲み会独特の熱気さえ感じる楽しい酒の場は、今の私にとって不思議な程寒々しい。その理由は、私から目を逸らさない兵長の視線のせいなのはわかっているが、それを逸らす勇気がない。でも、その氷を溶かす術を私は知らないがために、苦笑いをしながら自分の席に着くしかなかった。
ただ、自分の席は辛いことに彼の目の前。椅子を引いて静かに座ると彼から発せられる冷気は予想以上に堪えた。

「で、奴となんの話をしていたんだ?ずいぶん楽しそうに話していたじゃねぇか。」
「えっと…。」

どこか焦りながら先ほどのあの人との会話を思い出して答える。その間、少しだけ落ち着いた心でなんでこんなことを尋ねられているのか思いを巡らせてあることを察した。

…兵長は何故こんなことに突っかかるのか。…私も女だ。兵長も"普通の男"なら、多分嫉妬をしているということだ。とはいえ、嫉妬されるほど私たちは深い中ではなく、急に何故そうなったのだと逆に不思議さが増していく。

「あの、酔ってますか?」
「あぁ?俺がこの程度で酔うと思っているのか?」
「じゃあどうして、そんな事を聞くんですか?」
「…、…チッ。」

彼は苦々しく舌打ちをすると初めて私から目をそらした。そして、氷が音を立てて小さく割れたウイスキーをテーブルの上に置くと口を開く。

「訂正だ。…酔っている。」

どこか私が優位に立ったような気持ちになるのは生まれて初めてだ。彼に対してこんな気持ちになる日が来ようとは…。我慢していたけれどやっぱり小さく笑うと彼の眉間のシワが深く刻まれていく。

ーーーーーーーーーーーー

「ひゃほーーいっ!モブリット!二件目だ!さぁ行くよ!」
「飲み過ぎです分体調!明日の朝死にますよ!」
「いいじゃないですか、たまには。」
「俺もまだ付き合えますよ。」
「さすがリヴァイ班。モブリットも見習わなくちゃ!」

店を出たものの、外に出るなりハンジさんは二件目に進撃するつもりでいた。長時間話に付き合わされたグンタはもううんざりといった顔だけど付いていく気らしい。
私はと言うと酔いも回っているので帰って寝たかった。みんなが飲みに行くという雰囲気の中苦笑いしながら断ると、みんなは笑って手を振ってくれた。
じゃ、と手を振り返して兵舎に向かう私の足取りは少し頼りなく、ふわふわした心地で頭も大して回っていなかった。

「おい、前を見ろ。」
「あ…、すみません!って、…兵長?」
「俺も帰る。行くぞ。」

私は前にいた兵長に言葉で連れられながら兵舎へ向かうことになった。

帰り道、会話もないものの気まずさは感じなかった。兵長は最初こそ怖かったけれど、慣れてしまえば頼もしい上司だった。決して人を甘やかすことはない人だけれども、跳ね除けるような冷たさもない。この人は部下から好かれる人だった。二次会をしている部下たちはさぞ彼がいなくて寂しがってることだろう。

「良かったんですか?二次会に行かなくて。」
「ああ、言っただろ。俺は酔っていると。」
「ああ…そうでした。…もう飲めないんですね?」
「お前はまだ飲めるのか?」
「飲めなくはないですが、このまま寝るととてもよくねれる気がします。」
「そうか。よかったな。」

兵長を見るといつもの顔で前を見ていた。その頬は少しだけアルコールの色を浮かべて赤らんでいる。…本当に酔っているらしい。今まで何度か飲みにいったことはあるけれど顔に出るのは初めてのことで珍しかった。

「ふふ。兵長が酔うなんて珍しいですね。」
「ああ。そうだな。」
「酔うと嫉妬するんですか?」
「っ…。」

調子に乗っていってみると、彼の細い目が大きく開き私をみる。私は怒らせたかな!?とサァット血の気が引いたけれど、彼は逃げるように視線を外した。

「さぁ…何のことだ。」
「…はは、勘違いでした!すみません。」

慌てて私も自分の言葉を撤回して、ハラハラしながら兵舎への足を急がせれば、舌打ちが聞こえる。同時に強い力で肩を掴まれて後ろに引き戻された。

「!?」
「酔ったついでだ。」
「え?」

後ろによろけた私の体を支える兵長の体。後ろから抱き止められる形になり、耳裏に低い声が響いた。驚いて振り向けばそれこそが狙いだとでもいうように、ウイスキーの味が残る唇が唇に重なる。
いきなりのことで頭は真っ白になり、抵抗さえ忘れていた。石鹸の香りが近くでして、硬い筋肉質な体を背中で感じていた。

「…ん、へいちょう…、急に何を…。」

ゆっくり唇が離れていくけれど、顔の距離は近い。互いの吐息が重なって混じりあって消えていく。大した言葉も口から出なかったが、困惑した目だけで全てを伝えることはできた。
私を見つめ返す黒い瞳は瞬きもせず私を見つめ返す。

「お前の目の前にいるのは酔った男ということだ。」
「…ずるい…そんな言い方、酔ってるからってこんなこと…。」
「酔えば人は素直になるというからな。」
「え。」
「つまりそういうことだ。」

さっきよりも深い口づけが落ちてくる。私は小さな声を漏らしながら、酒場での彼を思い出す。見知らぬ男に嫉妬心を燃やし、酔うまでウイスキーを口にした彼。そして、今、夜道で少し強引な口づけを求めて帰路の歩みを止めている。

「…は。」

腰に力が入らなくなり、キュと彼の服を握ると小さく笑われる。やっと解放された私の口からは荒い息が溢れるだけ。

「その顔、俺以外の男には見せるんじゃねぇ。わかったな?もちろん、隙も与えるな。」
「へ、へいちょっ?」
「腰が抜けたんだろ?運んでやるからおとなしくしてろ。」

強引に私は担がれる。困った顔を向けるのに、黙って見つめ返す顔は頬が赤らみ少し火照った顔。ハァ…と熱を零す口を見れば拒絶する気持ちが消えて、初めて見るその色気にされるがまま。

「フッ…妙に大人しいじゃねぇか。」

その口はどこか嬉しそうに言葉を紡ぐと、人知れず彼の部屋へ向かった。


end

ALICE+