彼が雨宿りをした理由


ー ねぇ、どうしてですか?

その言葉を何度も言いかけたし、口を開きかけたこともあった。でも、しんと静まり返った空気の重さと、だんまりな兵長の横顔を見ると、結局口を閉ざしてしまった。

ザーザー…。
細かい雨が降り注ぐ外。まだ昼間だというのに、厚い雲が空を覆い尽くしている。ガタガタと風に揺れる窓は頼りない。ずっと使われていなかったこの小屋は隙間風があるらしく、少し肌寒かった。でも、雨に濡れたマントで身を包む気はなく、それは軋む床に置いてある。

私の隣に腰を下ろす兵長のマントは、埃が払われた棚の上に置いてある。私が床にマントを置いた時、ひどく嫌そうな目をしていたっけ。彼の潔癖症を生で垣間見た瞬間だった。

それからというもの、兵長は私の隣に腰を下ろすと、ポタポタと毛先から雫を落としながらひたすら宙を見つめていた。

私は緊張していた。兵士長がすぐ隣に座っていて、二人で天候が落ち着くのを待っているこの状況に。特に喋ることもなく、試験中のようなピリピリとした雰囲気。静かにしていなければならないような…、咳一つでもひどく響くような静けさは、正直言って苦手だった。

早く、雨がやんでほしいと思う。一刻も早くこの重苦しい雨宿りを終えたかった。でも、それは無駄な願いだと分かっている。どう見たってこの悪天候は、すぐに回復するわけがない。

ー …そんなこと、分かっていただろうに。

ここで雨宿りだ、そう言って馬を止めた兵長にずっとずっと聞きたかった。ねぇ、どうしてです?って。

ここから、兵舎はそう遠くない。馬を走らせれば、20分で着く距離だ。だから、このまま駆け抜ければいいのに、と不満の目を向ける私だったけれど、兵長は一瞬私に目を向けてからすぐそらして小屋に入っていった。

…それから、10分はここにいる。雨が止む気配なんてなく、むしろ酷くなるだけ。私たちはこの小屋に閉じ込められていた。…一体いつまでここにいることになるんだろう?まさか夜まで続く?
そわそわしてきた時、兵長が口を開いた。

「おい、寒くねぇか?」

低く、透る声に慌てて顔を向けると、思ったより近くに兵長の横顔があった。整った顔に、少しだけ見惚れてから、ハッと我に返って口を開く。

「少し寒いです。」
「悪かったな。」
「兵長?」
「俺が判断を誤った。分かりきったことなのに、私情を挟んで誤った判断を下しちまった。」
「…?」

兵長は目を窓の外に向ける。轟々と吹き荒れる風は嵐のように激しく荒々しかった。

「あのまま馬を走らせてりゃ、今頃は兵舎にたどり着いていただろう。」

兵士長ともあろう人から謝罪を述べられて反応に困る。それに彼の言葉の半分も理解していなかった。…私は少し勇気を出して、聞きたかったことを聞いてみる。

「どうして、ここで雨宿りすることに決めたんですか?」

兵長はぴくりと反応した。ばつが悪そうな目を床に落としてから、空いた左手で私の右手を包んだ。いきなり手を握られて、私の頬は熱を帯びる。でも、驚く声を出す間も無く、私は肩を抱き寄せられて兵長の胸に落ちた。

「お前と、こうするためだ。」

耳に当たった胸から、早鐘のように鳴り響く鼓動が聞こえる。私はどこか熱い彼の胸に頬を寄せたまま、兵長の顔を見上げた。

冗談なんて言いそうにない真面目な顔が、期待を込めた目で私の唇を待っているのに気づき、私はやっと彼の"私情"という意味を理解した。

end
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