緩む心


エルヴィンと恋人になって1ヶ月だけれど、いまだにそばを歩くことは緊張する。兵舎でそばを歩いているときより、私服で街を歩いている時の方が数倍緊張するのは彼を男として意識しすぎだろうか。

「●はまだ俺に慣れないな。」

エルヴィンは困ったように笑うと私の反応を伺う。全てを見透かす青い目に嘘はつけない。私は顔を赤くしてもじもじと俯くととうまく話せないことにもどかしさを感じる。

「…無理はしなくていい。」
「え?」
「いや。何でもない。」

聞き返せばサラッと話を流された。私から目をそらしたエルヴィンはどこか寂しそうに見えた。…ああ、もっと堂々と彼に想いを伝えられたらいいのに、と歯痒さとやるせなさに唇を噛む。

「エルヴィン団、…エルヴィン。あのね。ちょっと話があるんだけども。」
「…ああ。」

エルヴィンは短く答えると私が周りを気にせず話せる場所を探して街外れまで歩いた。静かな林の前に来て、大きな木の下で向き合う。
私は胸に手を当てて思っていたことを言おうとしたら、エルヴィンの眉は少し下がって目線を下げていた。

「え、あの、別れを切り出されると思っているの?」
「違うのか?」

生気を失った暗い瞳を向けるエルヴィンはどこか疲れた声を出している。私が首を横に振ると、少しだけ目に光が宿り、私の言葉をじっと待っていた。

「私が慣れないのも、ぎこちなくなるのも、全部エルヴィンのせいだよ?」
「…すまない。俺は恋愛は得意ではないから、君に遠慮させたり堅苦しい空気を出しているんだろうな。」
「いや、違う。エルヴィンが…かっこ良すぎて。全然慣れないの。」
「は?」

初めてエルヴィンから間の抜けた声を聞いた。頭がいい人なのにコレばかりは予想できなかったらしい。そんなギャップも好きだと思って、周りに人がいないことを確認して彼の胸に飛び込んだ。
あ。という形で口を開き、私を受け止めるエルヴィンは初めて次の動きが遅れた。ほんの少しの優越感と大胆な気持ちになった私は彼の首に腕を回して顔を近づけた。
ちゅ、と小さく口をつけるとエルヴィンの様子を浮かがう。目を丸くしたエルヴィンは少し間を開けてから、ゆっくりと片手を唇に当てる。

「驚いたな。…君の前で油断をするとこうなるということか。」

じわじわとエルヴィンの口元は緩み、フッと小さく笑う。私は顔を赤くしながらも彼に抱きついたまま彼の目を見つめる。

「フフ、君が周りからどう言われているか知っているか?」
「周りから?」
「ああ。ハンジがキミを奇行種と言っていたよ。」
「な!ど、どういうことですか!奇行種から奇行種なんていわれたくないんですけど!?」
「落ち着け。それほど君は時折予測不可能な行動を取るということだ。その意味がわからなかったが今やっとわかった。ハンジの言う通りだ。…褒めているんだが?」

エルヴィンは楽しそうだった。小さく笑いながら私の頭をそっと支えてくれる。見つめあって笑っていたら彼の目はそっと下に落ち、私の唇に顔を寄せた。

「俺を受け入れてくれたのは、俺が君の上司だからと思っていた。団長という立場の男を拒めないのかと…だから、俺自身も曖昧な行動ばかりとっていた気がする。」
「エルヴィンは憧れでしたから、…嬉しかったんですよ。ただ、かっこ良すぎると気軽に話せないんです。」
「嬉しいが…複雑だ。」
「エルヴィンだってすごい美人がいたら気軽に話せないでしょ?」
「目の前にいるよ。」
「!?」

何でも真面目に捉える彼だけど、今の冗談なのか本音なのかわからない。でも、そこも好き。指先で彼の唇を優しく押すと彼は私の指を握って静かに退けると顔を寄せる。キスの手前で見つめあって、まだ躊躇いながらそっとキスをする。

「俺もまだ実感がないんだ。…君に嫌われないように近づいている気がする。まだ片思いをしているようだ。…だが、俺たちはもう恋人なんだな?」

気持ちを確かめる彼に頷く。ほっとした顔の彼にまた抱きついてから、ゆっくりと離れて手を繋ぐと街に歩き出した。街での会話はいつもより緩く、和やかに思えて、その日のデートは楽しかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆

「ハンジさんー!」
「おっ?なになに?」

翌日。ハンジさんを捕まえて私につけたあだ名を聞くと、笑いながら答えてくれた。

「もー、なんていうあだ名を考えてくれたんですか。しかも、エルヴィン団長に教えるなんて。」
「笑ってたけどなぁ、エルヴィン。」
「他のあだ名を考えてくださいよ…。」
「奇行種でいいと思うが。」
「!?」

突然背後からエルヴィンの声がして振り返る。真後ろにいたエルヴィンの胸板に顔をかすめながらそっと後ずさるとエルヴィンは小さく笑っていた。

…あ。仕事中なのに…昨日のデートが蘇って気持ちが緩んでしまう。ドキドキして困っていると、ハンジがやれやれと頭を振る。

「なぁーにー?そのあまーーい空気。ここ兵舎だよ?」
「すまなかった。」
「…何でエルヴィンがここに?」
「君の声がしたから。」
「!!!?」
「かーーーっ!だめだめ!そんな態度じゃ団長失格だよ、エルヴィン!団員の士気が下がっちゃう。」
「ああ、分かっている。気をつけるさ。」

ハンジさんの顔も見ずに答えるエルヴィン…。私は苦笑いしながら持ち場に戻るためにその場を後にする。と、足音がついてくる。肩越しに振り向くとエルヴィンが親鳥についてくる雛鳥のようについてきた。

「ん?なぁに?」
「今は昼だ。食堂に行かないか?」

穏やかエルヴィン…。どうしよう心が緩んでしまう。彼は仕事と恋愛を切り替えられる人と思っていたのにまるで逆だった。もっと緊張感をもって!と思うものの、こんな風に柔らかな顔を向けてくる彼も大好きだと思う私だった。

end

「昨日は楽しかった。来週はどこか行きたいところはあるか?なるべく早く書類をまとめておくから時間が作れると思うんだが…。…ああ、先ほどから周りの視線が気になるな。何故兵士たちはこちらを見てくるんだ。」
「エルヴィンがすごく幸せそうにご飯を食べるからだよ。」
「そうか?…まぁいい。ああ、森林浴は興味があるか?いや、この時期は川に行くか?夜には蛍がいるだろうし、きっと楽しめると思うが。このまま晴れなら今夜にでも行くか?」
(生き生きしてる。)

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