彼の守り方
1人の女を見つめていた。遠くから。人の間から。隙間から覗き、しっかりとこの目に焼きつける。一方的な視線を送る俺はあの時と何も変わらないのかもしれない。干渉せずに違う世界から見つめている。
ー だが、それぐらいが良い。
そう思っていたが、ある昼、あの女と目が合った。俺が腕を組んで壁に寄りかかり、帽子から覗くように女を見つめていたら振り向いた。そして、一瞬だけ視線が絡み合った。女の瞳から目が離せなくなったが、行き交う人に遮られて簡単に途切れた。
「……。」
再び女が見える頃、振り返ることなく足早に歩いていた。軍人の俺に盗み見されていたと知った時、どんな思いだっただろう。やはり恐怖や緊張が走っただろう。俺が抱いた感情とは似ても似つかないはず。
(ん?)
不穏な気配を感じとる。●が通り過ぎた路地から数人の男が出て来て何か話している。俺は身を隠して男たちの動きを観察する。男たちが散らばって歩き始めたので後を追った。
そして、偶然か必然か、男たちは●の家の近くに集まる。ポケットからナイフを取り出したのを見た俺は男たちの背後を取り、その手を捻った。
「刃物を持ち、複数人で同じ家を見て一体何をしている。」
軍人の俺に睨まれた男たちは逃げるか戦うか一瞬迷った。その隙に俺の拳が1人を殴り、反撃してきた別の男の胸ぐらを掴んで鳩尾を蹴り上げた。
この国では事件性がなくとも軍人は民を殴れる。その理不尽さを俺は知っているし憎んでいる。だが、今見過ごせば何が起きるのか簡単に予測がつく。だから、俺はマーレのやり方らしく暴力で男どもを黙らせた。
「…ふぅ。」
落ちた帽子を拾い上げ、土を払いのけて頭にかぶる。うう、とうめく男どもから身分証を抜き取っていると、
「あ、あの…軍人さん…一体何が?」
か細い声が聞こえて顔を上げた。●が家のドアをかすかに開けて俺を見ている。俺は帽子を深く被ってそっけなく返す。
「軍人として仕事をしただけだ。」
「は、はい。」
「お前は狙われるようなことをしたか? 」
「え!?い、いいえ!お金もありませんし、その人たちは知りません!」
「だろうな。もういい。戸締りはしっかりしておけよ。」
「はい!」
慌ててドアを閉めた●。鍵がかかる音を聞いてからタバコを取り出し、●の壁に寄りかかりながら一服した。
なぜ●が狙われたのか気になる。午後は暇だ。その時間はこの下衆どもの指でも詰めて理由を吐かせてやるか。
◆ ◆
まただ。
最近、私の家の前でタバコを吸う人がいる。多分男の人だ。それもたくさん吸って片付けない。幸い火がついていないから火事は起きないけど、正直不愉快だった。
人の家はゴミ箱じゃないっての!
今朝も家の周りを見たらタバコが落ちていた。人が吸ったり踏みつけたものは触りたくないからそのままにしていたけど、こんなに何個も溜まっていくと捨ててしまいたくなる。
いい加減にしてほしい!怖いけど、突き止めよう。こんなに捨てて…どんな男なの!
そう決めた私はその夜は早めに明かりを消してひっそりと常習犯を待っていた。
常習犯が来るまで結構時間がたった。
うとうとしていたらかすかに物音がした。ハッとして足音を立てずに気配がする方の壁に近づくと「はぁ…」と疲れたように息を吐く声がする。そして、「ふぅ〜」と息を長く吐き出す声がした。
…この人かな?…この人じゃなくても私の家の壁に寄りかかってタバコを吸ってる。場所的にいつも吸い殻が捨てられている場所だ。とりあえず、吸ったら自分で持って帰ってと言ってやろう。
…一応、…武器として桑を片手にもって…。
…よし。
意を決してドアを開け、人がいる方に向いた。でも、相手を見た瞬間、勇んでいた気持ちが静まった。
相手は軍人だった。タバコの光が彼の口元を照らす。その顔を見てここで男たちを捕まえた軍人だとわかった。
「何だ?今から畑にでもいくのか。やめておけよ。」
咎めるような呆れるような声に顔を赤くして桑を部屋の中にしまう。軍人相手なら強く言えない。…でも、彼の足元の吸い殻を見るとモヤモヤする。ここはゴミ捨て場じゃない。やっぱりやめてほしい。
「ここを守るための吸い殻だ。」
「え?」
「この辺りは強盗に狙われている。男が少ないし夜は人気もないからな。」
彼は私の言いたいことを察して話し、まだ吸って間もない長いタバコを地面に捨てて足で擦り消した。
「お前、男はいないのか?」
「い、いません。親も死んで1人です。」
「そうか。男物の服を庭に干しておけ。防犯だ。」
「そんなにこの家は狙われているんですか?」
「お前を特別に狙っているわけじゃない。それにあの強盗たちは拷問して仲間を割り出してそいつらも捕まえた。だが、悪人なんてどこの世にもいるだろ。」
今すごいセリフが自然に吐かれたけど…。いや、でもわかる。あの時、容赦なく強盗を殴っていたもの。話しかけるのが怖いくらいに淡々と殴っていたのを窓の隙間から見ていた。
「あの…軍人さんはこの辺りの家を回ってタバコを捨ててるんですか?」
私の質問に驚いたように目を開く。そして、バツが悪そうに帽子を深く被った。
…あ、あれ?違う?…つまり、彼は私の家を念入りに守ってくれているの?毎日のようにタバコを捨てて?…な、なんで?
「もう寝たらどうだ。明日早いんだろ。」
「何で知ってるんですか。」
「働いている人間の朝は早い、それだけだ。いいからもう寝ろよ。」
冷静なのにどこか焦っている?いや、参っている?柔らかくあしらうような言い方にクスッと笑うと私の笑い声に反応してゆっくり片目を覗かせる。
「明日も来ますか?」
「さぁな。」
彼は私を寄せ付けないように腕を組んで壁に背を預け直す。彼はとても強くて容赦ない男なんだろう。でも、私から目を逸らして身を固くしていた。
そうだよね。怖い軍人さんだって同じ人だもの。
「…おやすみなさい。」
「ああ。」
片目を見つめ返してそっとドアを閉める。それから私がベッドに入っても彼は動かなかった。夜の鳥みたいに一本の木に止まり続ける。壁が薄いから彼の気配は私でもわかった。
明日も彼が来るだろうか。それとも私を疎ましく思ってこないだろうか。
いや、来るんだろうな。
これは女の勘。
end
明日は名前くらい聞けるかな?
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