ちゃんと惹かれ合ってる


「はっ、はっ、はっ、」

息を切らしながら土手に向かって走っていた。
お昼のこの時間にきっとあのおサボり軍人がいるはず。無愛想で怖くて、でもさりげない優しさを言葉にのせるエレン・クルーガーさん。彼と話すために私は職場を出て走って土手に向かった。

「はぁ、はぁ、」

とは言え、会う約束はしてないし、100%彼がこの土手にいるとは限らない。ただ恋していると無我夢中なれる。少しでも彼と話せるなら必死に走る。そうしなきゃ後悔してしまうし、結局職場にいても気になって仕方がない。

「…はぁ、…はぁ。」

土手についてあたりを見渡す。人はいるけど子供だったり女性だったり…。探している人物はいないみたい。
まだ来てないのか、本当にここに来ないのか。

「そんなに走ってどうした。」

クルーガーさんの声がしたので振り向くと近くの木の影に彼が立っていた。
走ってきた答えなんて知ってるくせに!
「クルーガーさん!」と目を輝かせて近づく。彼は無表情のままポケットに手を入れていた。

「クルーガーさんがいるかなって!」
「今日は偶然出会したが、毎日そうだとは思うな。急な仕事が入る時がある。」

彼は私の横を通り過ぎてからポケットから手を出す。その手は小さな包みを握っていて、私を釣るようにユラユラ揺れた。

「それは? 」
「俺は苦手でな。お前にやるよ。」

誘われるように近づくと包を渡される。手に取って開けるとクッキーが入っていた。私が「おおー!」と喜ぶと彼は土手に座ってタバコを咥える。
私は彼の隣に座ってクッキーを食べながら当たり障りない話をする。特に盛り上がることはないけど、彼とこうして話せるだけで幸せだった。彼には興味のない話だと思うけど彼は飽きずに聞いてくれた。

短い休み時間が終わる頃、彼は空を見上げながら言った。

「明日から2週間、俺はここには来られない。」
「仕事?」
「ああ。怪我をした仲間の代わりに仕事をするはめになってな。2週間ほど持ち場が変わる。」
「……。」
「そんな顔するなよ。」
「……うん。」
「はぁ。」

彼のため息を聞いてハッとした。私のことをめんどくさく思ったに違いない。それはそうだ、私は恋人でも何でもないから、こんなに合わせてくれていることが不思議なんだ。慌てて暗い気分を払ってわざと明るい声を出す。

「ご、ごめんなさい。じゃあ、お仕事頑張ってください!」

彼から嫌われたくなくて立ち上がり、土手を駆け上がって職場に戻った。


「全く、慌ただしい女だ。」


◆ ◆

●と最後に会ってから2週間が経った。久しぶりに元の持ち場に戻ることができ、昼前に見慣れた土手に立つ。

俺は●に不在になることを伝えたが、あいつは毎日あの土手にきていたらしい。見回りの部下に聞いたら●が毎日座っていたと。それを聞いた時、●に申し訳なく思った。

機嫌取りではないが、●を待たせた償いとして移動先の町で女が好みそうなハンカチを買った甲斐があった。さて、なんと言って渡すか。


ー ポツポツ


急な雨が降ってきた。木下で雨宿りをしながら様子を見る。道ゆく人は慌てて屋根のある場所へ走っていく。地面も濡れて座れそうにない。こんな天気じゃ流石に●は来ないだろうと思ったが俺は待った。あいつなら走ってきそうだからだ。
しかし、案の定、●は来なかった。
分かりきっていたことだが、待ち続けた自分がおかしくて1人で小さく笑っていた。


翌日は天気もいいので出直したが●は現れなかった。
その次の日なら来るかと思ったがやはり現れなかった。
その次の日も同じだった。

俺は愛想を尽かされたのか?いや、今まで俺に向けていた表情や声を思い出すとそうだと思えない。今まで見て見ぬ振りをしてきたが、●は俺に惚れていた。職場から走り出して会いにきてくれるほど俺を求めていた。そんな女がガラリと態度を変えるはずがない。何かがあったに違いない。来たくても来れない何かが。


◆ ◆

ー ゲホゲホッ。

まだ本調子じゃない。4日前に雨に濡れたせいで熱が出て寝込んでた。バカだよね…クルーガーさんがいるわけないのに心のどこかで会いにきてくれるかもって期待して土手に向かった。雨で濡れようとも彼がきてくれたら話せると思ってバカみたいに寒い外で待っていた。彼が佇んでいたあの木の下で。

ー ぅ…ゲホッ!

咳止めの薬を飲もうとしたら薬が切れていた。凄くだるいけど、咳のせいで寝れないと困るし買いに行かないと。
重い体を起こして上着を羽織る。財布を持って、髪はボサボサでひどい顔のままヨタヨタと家を出て角を曲がると、

ー んぷっ。

何かにぶつかる。ヨタっとよろけたら誰かに抱き止められた。薄目を開けるとクルーガーさんが私を見下ろしていた。

「そんな体調でどこにいく?」
「クルーガー、さん…?」
「薬ならある。これだろ?4日前から買っていた薬は。」

…夢かな。私、今、クルーガーさんに支えられながら家に戻ってベッドに寝かされて柔らかいパンを口に寄せられてる。

「クルーガーさん…ごめん。」
「謝るな。お前の風邪は俺の責任でもあるからな。」
「…ゲホッ!ゲホゲホッ。」
「暖かくして寝てろ。」
「クルーガー…さ、待っ…。」

反射的に手を伸ばすと宙を虚しく掻く。待ってよとさえ言えず体力がなく、ダラリと手をベッドの横に垂らすと温かい手が私の手を包んでベッドの上に乗せる。

「まずはゆっくり寝てろ。治ったら会えなかった分ちゃんと会いにいってやるから」

その言葉に安心した私は気絶に近い眠りについた。


◆ ◆

風邪が治ったのは3日後だった。昼休み中に外に出て太陽の眩しさに目を細めた。今日は会えるかな?と土手に向かおうとしたら、

「●。こっちだ。」

職場の近くの店からクルーガーさんが出てきた。驚きと喜びから駆け寄ると彼はかすかに笑った。

「もう治ったのか?」
「はい!」
「そうか。今日はまとまった栄養を取れ。奢ってやる。」

クルーガーさんに促されて喫茶店に入る。彼も向き合うように席につき、好きなものを食え、とメニューの紙を渡される。

まるでデートみたい。はにかんだ私を見ていた彼は目を伏せて何か取り出す。紙の包装に包まれた平たいものが差し出される。

「これは?」
「お前が好むかわからんが目についてな。気に入らなかったら捨ててくれ」

何だろ?と期待して包装を開くと可愛らしい花柄のハンカチが出てきた。それを見た時、私の思考は停止し、何も感じなくなって聞こえなくなったけど、次の瞬間激しい喜びと吠えたいほどの感動が込み上げてきて、

「く、クク、クルクル「落ち着け。ここは喫茶「クルーガーさん!!嬉しい!!!!」
「………「嬉しいよ!!!!嬉しい!!!!やったああ!!」
(外で渡すべきだったか)

喫茶店内の人々は驚き静まり、多分プロポーズが成功したのだと勘違いした人々が盛大な拍手を送ったのだった。



end


(指輪を買って渡したらどんな大声を出すんだろうな。)


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