ただ1人に贈られるお返し


寡黙で粛々としているクルーガーさんはイベントなんて気にしないタイプ。でも、バレンタインはクルーガーさんを放ってはおかない。彼に対してチョコを渡したい乙女は何人かいた。日頃の感謝でも義理でも密かな恋心でも、それらがチョコに添えられて彼の手元に集まっていた。

チョコを渡されたクルーガーさんは普段と変わらない表情で相手を見て「せっかくだ。もらおう。」と当たり障りなく返事をする。可愛い包装紙を一眼見てからロングコートの深いポケットに仕舞い込み、何事もなかったかのようにその場を立ち去る姿はクールと言うか淡々としていると言うか…。

ただ、流石に木下に呼び出されて渡された時はすぐにその場から立ち去ることはなかった。まだまだこれからという若い乙女が頭を下げて両手を伸ばしてチョコを差し出していた。

ちなみに、その乙女というのはこの私。

彼は私の真剣さに微かに驚いていた。そして、私からチョコをもらい、「せっかくだ。もらおう」と先ほどまでのセリフは言わずに、

「これはお前の手作りか?」
「はい!もちろん!クルーガーさんに食べてもらいたくて頑張りましたっ。」
「わざわざ悪いな。」

包装紙を見つめた彼はポケットの中に入れず、片手でもつと私に向き直る。じっと見るので落ち着かない。何か言わなきゃなのに言葉が出てこない。付き合ってください、は変だ。好きですって言いたいけどフラれるに決まってる。でも、告白のチャンスは一度しかないかもしれない。クルーガーさんが来年のバレンタインに相手がいるかもしれないし…だから、今、玉砕覚悟で行く…か?

「あ、あの、あの、」
「……。」
「えっと、私、」
「……。」

根気強く変わらない表情で待ってくれる。大丈夫、二言でいいから言えばいいんだ…ッ!

「好きです!いつもかっこいいと思ってました!」
「……。」

なんというか…子どもの感想のような…。語彙力がない。もうだめだ、呆れられた…無反応だし。

「その好意は憧れか?それとも、本気なのか?」
「ほ、本気ですっ。」
「俺はお前よりもずっと年上だ。」
「それは知ってます。私と同い年の男性は周りにたくさんいます。…でも、たくさんいるけどダメなんです。クルーガーさんが気になって仕方ないんです。」
「…わかった。お前の言葉を信じよう。」

まるで審判みたい。私たちの会話は午後の訓練が始まるチャイムによってかき消された。
遅刻覚悟でこの場にいたんだ。教官になんと言われてもなんでもいい!グランド100周でも腕立て100回でもなんでもやる!

「とりあえず、もう戻れ。上司には俺に捕まっていたと言っておけ。」

彼に言われておずおずしながら頷いて急いで訓練場所に走った。途中で振り向くとまだクルーガーさんが私を見送っていた。

午後の訓練は仁王立ちしていた教官が立っていた。背後にはすでに訓練中の兵士らがいる。私はクルーガーさんに捕まっていたと伝えたが、「お前みたいな新人に用事があると思うか?ひどい出鱈目だな!」と叱られてグランド200周させられた…。

でも、後から聞いた話では、私が罰を受けたことをクルーガーさんが知り、教官に静かな重圧をかけて問い詰め、「事実を言った部下を信じられない者に何が出来るのか?」と問われた挙句、訓練兵の教官に格下げされた。

それを聞いて凄く嬉しかった。
でも、モヤモヤする。だって、私はクルーガーさんから返事をもらっていない。
期待したいような、でも失恋したような…かと言って嫌われてはいないし…という曖昧なことばかりでなんとも言えない。
彼はチョコをたくさんもらってたわけだし…。ううん。

私はクルーガーさんと話せたあの瞬間を大事な思い出として反芻して幸せな気持ちになったけど、結局私たちはなんなのかが分からずに二の足を踏んでいた。

◆ ◆

それから暫くが経った。
たくさんやるべきことがある毎日。体力があっても任務や訓練で疲れるし、責任もある職だから毎日燃え尽きたように早く寝ていた。

そんなある日、上司から呼び出しが掛かった。何かやらかしたのか!?と焦りながら上司の部屋に向かうと部屋に立っていたのは私の上司ではなく、クルーガーさんが立っていた。

「あ、あれ?…す、すみません、私、上官がいらっしゃるとばっかり…出直します!」
「待て。良いんだ。あいつから部屋を借りた。俺がお前を呼んだ。」

久しぶりに見るクルーガーさんは相変わらずかっこいい。
状況がわかってない私をよそに机の上に置いてあった紙袋からオシャレな包装紙を取り出して私に差し出す。

「女性の店員に聞いて選んだ品だ。気に入るといいが…。」

急に何?と驚いたまま受け取り、袋から香るチョコの匂いにハッとして顔を上げる。

「あっ、今日はホワイトデーでしたっけ?!」
「てっきり分かっていたのかと思っていたが、気付かなかったのか?」
「だって、お返し貰えるなんて思わなくてっ。ありがとうございますっ。凄く嬉しいです!」
「お前の気持ちが変わっていないのなら俺はお前に応えるつもりだ。」
「…?……、…っ!?それ、つまり、私のことを?オッケーってこと!?ですかっ??」

声が段階的にデカくなり、目が段階的に大きくなった。キラキラした期待をのせた目を向けると「ああ」と。

「そうはいってもしてやれることは少ない。本当にいいのか?せいぜいお前がいて欲しいという時に会いに行き、そばにいる。…そんなことしかないだろう。」
「なら、今夜も会えますね?」
「…!……、ああ。そういうことだ。」
「十分です。だってもっと話したいんですから。」
「分かった。俺に出来ることをしよう。」

彼らしい返事だった。甘い言葉はないけど、真面目に粛々と私に時間を捧げてくれる。安定していて、静かで、知的で冷静。

「クルーガーさんからのチョコ…大事だから食べられないかも。」
「お前の好きにしていいが、いずれ溶けるだろうな。」
「…来年もチョコを渡したらくれますか?」
「ああ。もちろんだ。お前がくれるなら無視できない。」

ほんの少し目元を緩めてくれる彼の笑い方にうっとりしながらチョコを抱きしめた。


end

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