腕を失った団長を労って距離が縮む


巨人に食いちぎられた腕が痛む。
覚悟をしていたが、こうも痛むと眠ることができない。睡眠がとれないと傷の治りが悪くなる。薬を飲んでも効かないほどの痛みだ。痺れるような、染みるような、捻られるような、何かに貫かれるような、何と言えばいいのかわからない様々な痛みが混じっている。

俺はひや汗で濡れた服を片手で脱いで立ち上がる。痛みと熱を持っている片腕から気を紛らわそうとグラスに水を入れるがテーブルに水をこぼしてしまった。それをタオルで拭けるが絞ることが難しい。

…クソ、と思わず言ってしまった。
いつもは「厄介だな」とオブラートに包める言葉も包めない。まぁ、他に誰もいないから問題は…、ん?

ドアの前に人の気配がする。こんな夜中にいったい誰だ?
負傷した俺に死んで欲しいと思う連中が調査兵団の中に紛れていても不思議ではない。
果物ナイフを握り、気配を消して相手の出方を待った。

ー トントン

ノック?…俺が起きているのか確認したいのか。

ー だんちょう?

●だ。●が何故俺の部屋に?
●なら信じても良いのではないか?…いや、どうだろうか。これまで仲間だと思っていた者が巨人と通じていたのだから。●を信じたい気持ちはあるが、この一瞬の判断が命取りにもなる。

ー 大丈夫、かな…。

心配した声が小さく聞こえる。不安そうで迷ってる声だ。彼女はしばらくドアの前にいたが、やがてドアから離れる足音がしたので俺がドアをゆっくり開ける。

●の無防備な背中が見えた。両手には何も持っていないし武装としていない。疑って申し訳なかったな…。

「●、どうした?」
「あ、団ち、…あ、…あ、すみません!着替えてたんですかっ。」
「あ、ああ、すまない。暑くてな。今、服を着るよ。」

上半身裸の俺を見て慌てて顔を逸らす。
こんな姿でドアを開けるなんて紳士的ではなかったな。とは言え、片手では簡単に服を着ることは出来ないので新しいシャツを羽織るので精一杯だった。

「すまない。何か用か?」
「薬が効いているのかなと思いまして…。団長に出された痛み止め、少し効果が足りない気がして。…もし、傷口が化膿していたら多分寝られないかなと。」
「今まさにそうだ。鎮痛剤を飲んでいるが一向に効かなくてね。…君は薬に詳しいな。確か、親戚が医者だったね?」

●が心配して来てくれたのに疑ってしまった。身の保身のために仕方がないとは言え、申し訳なく思う。
さらにその罪悪感を増長させたのは●が俺が少しでも寝られるためにと茶葉を持って来てくれたことだ。それは何の変哲もない茶葉だが、鎮痛作用があり、眠気を誘うらしい。名前を聞くとあまり聞かないものだが、茶葉が入っている袋には店のラベルが貼ってあったので近場で購入できる身近なものだった。

「わざわざすまないな。気が紛れるのなら飲みたい。しかし、片手では難しい。よかったら淹れてくれないか?」
「もちろん。お邪魔します。」

●が何の抵抗もなく部屋に入る。すれ違いざまに石鹸の香りがした。
●は女性だ。恋人でもない女性を夜中に部屋に入れるのは妙な気がしたが、彼女の善意を拒みたくはない。それに彼女がいれば気が紛れる。


ーー

●が淹れてくれた紅茶を飲む。
味は普通の紅茶だったが、確かに痛みが緩和した気がする。少なくとも鎮痛剤を求めて彷徨うほどではない。
それに●がそばに座って他愛のない話をしてくれるのも効いたんだろう。

「ありがとう、●。本当に助かった。」
「よかったらこの茶葉をどうぞ。」
「良いのか?」
「はい!そのために買ったので。」
「そうか。君に負担がかからなければ、毎晩紅茶を淹れて欲しい。」
「はい、わかりました。…親戚が教えてくれたんですよ、この紅茶。本当は薬にしてもいいくらいなのに周りからはただの紅茶だと侮られて薬にしてもらえないって。認められたらもっと多くの人が困った時に利用できるのに。」
「そうだな。…眠くなって来たし、痛みで辛い人間にはありがたいものだよ。」

あくびが出そうになるので失礼がないように噛み締めた。そんな俺を見た●は飲みかけの紅茶を飲み干すと立ち上がる。
残念だが楽しい茶会が終わるようだ。●に俺の紅茶のカップを洗うことまで任せてしまってすまなく思うが、彼女は嫌な顔ひとつしない。

「明日も来てくれるか?」
「もちろん。今日も明日もよく眠れますよ。」
「…ああ。全て君のおかげだ。」
「団長に会えてよかった。」
「ん?」
「…おやすみなさい。」

聞き間違いか?俺に会えてよかったと言われた気が。しかし、それは確認できなかった。
●も眠そうなので、帰っていく。この礼はいつかしなければならない。



ーーー

腕の痛みが随分とよくなった。片腕の生活にも慣れてきたから日常生活を送る上で人の手を借りずにできることも増えた。

しかし、●から紅茶を淹れてもらうことはやめなかった。彼女との茶会の目的も変わった。薬代わりの紅茶を飲むことが目的ではなく●と話すことが目的になった。

「…そうか。君はよく頑張っているんだな。君のような優秀な部下がいてくれることを誇りに思う。」
「団長が凄いからですよ。信念を持って皆を率いる力がある人ですから。へなへなした団長だったら誰も命なんて捨てたくなくて逃げます。」
「そうだな。私が皆を率いる存在にならねばならない。…だが、ここ数日間君の前に座っている私は力のない男だろうな。申し訳なく思うよ。」
「え!?あ、いや!そんなことを言いたいんじゃないです!」
「ハハっ。揶揄っただけだ。すまない。」
「もー。焦ったぁ…。真逆のことを伝えた気がしてびっくりしました。」
「…君といると楽しい。普段は気が抜けず、張り詰めた思いでいるが、君の前だと肩の力が抜ける。…とても、」
「…とても?」
「居心地がいい。」

許されるならすぐそこにある●の手を握りたい。そう思うほど、俺は彼女に惹かれていた。毎晩部屋に訪れてくれる彼女を迎い入れる時、嬉しく思う。
そして、別れの時間に落胆していた。もし彼女が朝までここで過ごしたいと言えば帰さないのだが。

「団長といると緊張はします。でも、楽しいです。不謹慎ですが、2人でこんなに話せてすごく嬉しい。団長はずっと憧れの人ですから。」

生き生きした顔で語る●に俺の気持ちはほだされる。ふふ、と柔らかく笑うと●は顔を赤くした。

「ああ、でも、もう遅いので、今夜はこれくらいにします。団長もよく寝ないと、だし…?」

ぎこちない話とどこをみてるのかわからない目線。何をそんなに慌てたのかと聞きたくなるほどの不自然な顔と動きに思わず笑ってしまう。それがさらに彼女の顔を赤くさせた。俺を相手にこんなに恥ずかしがるとは。可愛いと思う。

「もっといてほしい。」
「え?」
「…帰したくないと言えば、迷惑か?」
「ええっ!?」

顔が耳先まで赤くなる。ガタッと立ち上がり、顔を両手で覆う●。

「すまない。不快な思いを「い、いえ、その、良かったら、…えっ、私なんかがいいのかな…ほんとに?…えっ、えっと!」
「君が良ければ隣に来て欲しい。」

無理のないように誘うと●は赤い顔のままベッドに腰掛けて俺の隣に寄る。
見つめあって、肩を抱き寄せるとおとなしく胸に顔を預けた。

「抱きついてもいいですか?」
「ああ、構わない。腕に当たらなければ問題はない。」

…温かいな。華奢で柔らかくていい匂いがする。頭に顎を乗せると●は腰に抱きつく。優しい抱擁だ。もっと強く抱きついても構わないのに俺を気遣っているようだ。

「このまま朝までこうしていたい。駄目か?嫌がることはしない。」
「良いですよ。2人で寝ましょう。」

紅茶を飲んで眠くなる頃、俺たちは2人で寄り添いあって目を閉じる。
彼女の存在が俺の痛みや絶望や窮屈な思いを和らげてくれる。一度感じた安心感を手放したくないし、素直に甘えたい。

たまには良いのかもしれない。こうして人に甘え倒すのも。勿論、いつか恩を返さねばな。


end


朝、廊下の人の気配や足音に目が覚める。
隣に●が寝ていた。彼女はまだ夢の中だ。
誰かがこの部屋に来るようだが、寝たふりをしておこうか。その者は添い寝をする俺たちを目にしてありもしない妄想を抱くだろう。そうして俺たちの関係を周囲に知らせるのも悪くはない。



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