らしくない


ー ガチンガチン

ワイヤーを伸ばそうとしたのに、鈍く錆び付いたような音が響くだけでワイヤーは作動しない。

「え…うそ。」

巨人の手が迫ってきたのに、立体起動装置が破損して飛べなかった。

(こんなところで…私、死ぬの?)

一瞬、時間の感覚も現実感もなくなり、この瞬間は悪い夢のように思えた。空高く突き上げられた巨人の手には人を切り裂く鋭利な爪が伸びている。それが私めがけて落ちてきた時、真横から空を切る音が私に向かってきた。

緑の陰が私と巨人の間に割って入り、誰かの片腕が私の体をその場から空へ攫う。風圧で体を折りたたんだ姿勢になりながら、私は空へ運ばれた。

垂れ下がった足の下で蠢く巨人の顔を見てから、顔を上げて私を助けてくれた人を確認すると驚いた。私を助けてくれた人はエルヴィン団長だった。彼は私を横目で捉えたまま、威厳のあるの声で聞く。

「大丈夫か?」
「は、はいっ!」
「立体起動は?」
「壊れましたっ。…その、ありがとうございました…っ。助かりました…。」
「…ここで死なれては困る。」

ビュービューと風が唸る中、声を張り上げながら応えた。団長は私の腰についた壊れた機械を一瞥して、側にあった高い木の幹に着地する。

彼の腕から解放された私は未だ現実味を失っていたけれど、手に伝わる大木の硬さやザラつく木の皮が現実感を取り戻させてくれる。

団長は救援の合図である煙弾を空に撃っていた。その時、私は煙弾を撃った団長の右肩から血が流れていることに気づいて、胸がザワついた。

「団長、血がっ。」
「心配はない。肩の動きに問題はない。」
「で、でも、…止血しますっ。」

人類の希望である彼が負傷したのが自分のせいだなんて…。
咄嗟に自分のマントを破く。団長は銃をしまうと、黙って片膝をついた。
厚い上着が巨人の爪でスッパリと切り裂かれ、真っ赤に染まった肩がある。傷口は痛々しく、私の胸もぐちぐちと抉られていった。

「立体起動の損傷は、恐らく君が巨人と衝突したことが原因だろう。仲間を助けたい思いから巨人に体当たりをしたことは、冷静さを欠いた行動だったな。」
「す、すみません…っ、そのせいで団長が…。」
「今後、注意することだ。」
「はい…っ。」

止血をしながら、うなづく。暴走の結果、起きたことに対して、悔しくもなり、切なくもなり、自分の未熟さに憤りを感じた。
キュ、とマントを縛った後、団長は立ち上がり、眼下の巨人を見下ろす。私は彼の足元に落ちていた血の痕を見つめて深い息を吐いた。
…こんなことになるなら、あの時私が死んでいればよかったのに。何故、団長という私よりも遥かに貴重な存在がこんな怪我を負わなければならなかったんだろう。

そう思えば、自然と疑問が浮かぶ。団長である彼が何故ここにいるのか?これも作戦のうちなのか?

「どうかしたのか?」

私の疑問を浮かべる視線に応えるように彼は目を向けてきた。私は少しためらいながら、聞く。

「団長は何故ここに?」
「そうだな。強いて言えば、兵士の命を守ることも団長の務めだから、といっておこう。」
「…でも、団長よりも大事な人はいませんっ。もし、あの時私の代わりに団長が死んでいたら…っ。」
「余計なことは考えなくて良い。」
「…っ。」
「私の代わりはいくらでもいる。」
「私の代わりだって、いくらでもいますっ。」
「………。」
「…っ。」

彼は私にまるで非難するような目を向けた。それは本当に一瞬の視線だったけれど、感情をあまり出さない彼からの非難の目に思わずすくんだ。それ以上の口論は口から出ず、ぐっと言葉を飲み込めば、彼は私から目をそらして仲間の煙弾に目を向ける。
その煙弾は、ターゲットを発見したことを知らせる煙弾だった。

「私は彼らのもとに行かねばならない。ここに間も無く仲間が救援にくる。君はその仲間と行動を共にするんだ。」
「…わ、分かりました。」
「いいか。君は何としても今回の壁外調査を生き延びろ。これは命令だ。」
「…!?」
「必ず従え。…返事は?」
「っ、は、はいっ。」

有無を言わせない命令口調。彼は私の返事を聞いてから、夕焼けの空に飛んで行った。残された私は妙な違和感を覚えて仕方がない。今まで認識していたエルヴィン団長という人と、実際に関わると大きなズレがいくつも見えた。

「…あんな、人だったっけ?」

◆◆◆◆◆◆◆

ターゲットの元へたどり着いた時、先鋭部隊が巨人を拘束していた。団長である自分がいない間に、ハンジかリヴァイが指揮をとっていたようだ。

「随分とおせぇ到着じゃねぇか。どこに行っていた。」
「すまない。」

リヴァイの隣に着地して、巨人を見下ろすしているとリヴァイが目ざとく傷に気づく。

「オイ、その怪我どうした?」
「心配するな。大したことはない。ただのかすり傷だ。」
「らしくねぇな」

深追いはしない。私は痛む傷をそっと見る。彼女に死が迫った時、咄嗟に動いた体。冷静さを欠いた行動だと、彼女に指摘できる口ではなかったというのに、…幸いにも表面的な言い訳が通用した。

「…ああ。全くだよ」

未だに、自分には切り捨てられないものがある。静かに目を細めれば、脳裏に愛した女性が浮かんだ。


end
ALICE+