溶ける甘さ


私の恋人は、ズバリ生真面目。真面目はいいことだけれども、真面目すぎる。そして、かなりお堅い。そんな所も好きだけど、たまに外で見かけるカップルが屈託無く笑いあってじゃれ合う姿を見ると、羨ましく思ってしまう。

ー 私とエルヴィンじゃ、あんなカップルにはなれないな。

私は、若くて、どこか可愛らしいその男女が見えなくなるまで見つめていた。

エルヴィンだってすごく良い人だけれども、やっぱり自分たちにない眩しいものを見てしまうと、羨ましいと思ってしまう。…ま、エルヴィンがあんなはしゃいだり、ニッコニコに笑うもの、違和感がありすぎてどうかと思うけれど…。

そもそも、彼はあまり笑わない。スッと口角を上げるくらい。音もなく笑う人だから、よく彼の笑顔は見逃してしまう。だから、恋人の私でもエルヴィンの笑顔は貴重だった。

「何を見ている?」
「わっ、エルヴィン。」
「待たせて済まなかった。廊下でハンジに研究費の相談を持ちかけられてしまった。」
「いいよ、今来た所だから。」
「そうか。それで、何を見ていたんだ?」
「ナイショ。」

久しぶりのデート。互いが私服になって、ブラリと街を歩く貴重な日。エルヴィンはカッターシャツに緑のカーディガンを着ていた、ズボンは黒で足の長さが際立つ。
私はワンピースと緑のイヤリング。ちょこんとエルヴィンの隣に立つと、エルヴィンは歩き出す。

「何か面白いものでも見つけたんだろ?」
「少しね。」
「素直に教えてくれないのか?」

いつもは引き下がるエルヴィンなのに、めずらしく粘ってくる。私はちょっと面白いと思って、意地悪してやった。

「手を握ってくれたら教えてあげる。」

条件付き。エルヴィンは、…ほら、スッと口角をあげて私の手を握った。そして、満足したか?とでも言うように、大人の余裕たっぷりに私を見つめる。

「…それで?」
「かわいいカップルがいたから、みてただけ。」
「可愛いとは?」
「どこか幼くて、ニコニコ笑いあってるカップルがいたの。」
「…そうか。」
「エルヴィン?」
「何でもない。」

エルヴィンはもう笑みを消して、前を見ていた。その顔はやっぱりお堅くて、おしゃべりもそこそこ。その足は私がよく行く店に向いていて、可愛らしい雑貨が目に映ったら私の気持ちもすっかりそちらに向いていた。

◆◆◆◆◆◆◆

外のデートが終わって、エルヴィンの部屋でゴロゴロする。エルヴィンは買ってきたばかりの本を読んでいた。私はソファーに寝転がって彼の膝を枕にしていた。
時折、私の髪を撫でてくれる手が好きで、このまったり流れる時間は大好きだった。
エルヴィンにとっては、読書をしながら猫を撫でている時間なんだとか…。

「……。」

私は少しウトウトしつつ、昼間見た若いカップルを思い出す。
あの子達は、部屋では甘えあってベッタリなのかな?キスして抱き合って、愛を囁き合うのかな?片方が寝そうになったら、寝ないでとわがままを言ったり、一緒に寝ようと添い寝でもするのかな?

「…眠いのか?」

本を閉じてエルヴィンが聞いてきた。半目を向けて、小さくうなづくとエルヴィンは目線をベッドに向ける。

「使うか?」
「エルヴィンの膝がいい。」
「腕枕よりも?」

その言葉に、ぴーんと、私の頭は覚醒した。腕枕?それってつまり、添い寝?冗談かな?とエルヴィンを見上げれば、至極真面目な顔をしていた。
この人は、やはりエルヴィン・スミス。甘い展開にもなりうるものを、生真面目に提案してしまう男。

それなのに、彼が口にした内容は、私が羨ましがっていた展開に他ならなかった。恋人らしい特別な対応を、彼はしようとしてくれた。

「ぷ、くふふふ。」
「何がおかしい?」
「腕枕してほしい!」
「承知した。」

どこか私につられて面白くなったのか、彼は面白そうに事務的に応える。私は上体だけ起こして、本を片手に起き上がったエルヴィンに両腕を伸ばす。

「だっこ。」
「やけに甘えてくるな。いいだろう。」

フワッとたくましい腕に抱き起こされる。お姫様抱っこをされて、嬉しくなり、首に抱きついたら、図星を突かれる。

「その若いカップルを羨ましく思ったのか?さぞ、無邪気に甘えあっていたのだろうな。」
「うん。エルヴィンとも、ああなりたいなって。…だめ?」
「甘えると言うこと自体が不慣れだが、…ああ、そうだな。悪くない。」

エルヴィンはそっと私をベッドに下ろすと、お互い布団の中に潜る。向かい合ったら、すぐに私はエルヴィンに抱きついた。エルヴィンは少し驚きながら、背中に腕を回してくれる。本は枕元に放置だ。

「エルヴィン…。すき。」
「俺もだ。…だが、俺があまり年甲斐もないことをしては、流石におかしくないか…?」
「ない。私の前だけなら、何してもいい。」
「そうか。…ならば、少しくらい、らしくないことをしてみようか。」
「ひゃ!?」

エルヴィンは私の体を自分の体の上に運んでしっかりと抱きしめた。私は彼を組み敷くような姿勢になって結構緊張したけれど、微笑んで彼の腰を抱きしめる。

「なんかっ、エルヴィンのこと押し倒してるみたい!」
「いい光景だ。」
「…っ。」

だめだ、だめ!…まだ昼間なのに、彼の瞳に灯る熱や、大人の余裕、色気が溢れ出ていて胸がばくばくする。

私の背筋をなぞる大きな手も、低くて落ち着いた声も、…ああ、あの若い彼氏では出来ないだろう、決して。

「何だ?恥ずかしいのか?」
「…エルヴィンが、かっこよすぎて。」
「ははッ。」

一瞬、腹から出た笑い声が響く。目も細めて高らかに笑うと、彼は私の髪を撫でた。

「まだ羨ましいか?彼らの方が。」
「いや、微塵も。もう満足!」
「俺はまだ満足していない。俺にだけ甘えさせて、お前は甘えないのか?」
「…っ、いじわる!?」
「いや、公平さを求めたまでだ。必要であればお前が存分に甘えられるように、カーテンでも引こう。」
「!!?」
「ッはは…なんて顔だ。怒っているのか、喜んでいるのか、分からない顔だな。」

ー ひどい!意地悪!!

大きな目を半分に細めて、フッと笑ってジト目を送る恋人に、反撃のキスを落としてやった。

エルヴィンは私からの反撃は想定外らしく、一瞬その余裕な笑みを消したけれど、重なる口は緩められ、笑ったことに気づく。
私たちは口づけを交わしながら、いつしか甘く笑いあっていた。

end

溶けそうな時間が始まる
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