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〜♪

アーデンの鼻歌が響く研究室は珍しい。
何かを企んでいるに違いないと踏んだヴァーサタイルは小さなため息を吐いてその機嫌の良さを質問する。

「今度はどうした?」
「いや、ちょっとね。いいことがあったんだ。欲しいものがやっと手に入ったんだ。」
「欲しいもの?また私に秘密で勝手な真似をしたのか?」
「まさか。軍にも国にも関係ない。完璧に俺の私事だから心配しなくていいよ。」

おそらく本音を言っている。
アーデンのプライベートなど、全くの謎だがそれを根掘り葉掘り聞く気はない。いや、…多少は気になる。

「…でもさ、あの子って何を考えてるのか分からないんだよねぇ。」
「女か?」
「せいかーい」。
「ほぉ。宰相も隅には置けないな。貴族か?政治家の娘か?」
「一般人だよ。」
「一般人?…、宰相と一般人の組み合わせはなかなか聞かないな。もし結婚となると世間はどう捉えるか。」
「世間なんてどうでもいい。周りがなんと言おうと俺はあの子にしか興味はないの。」
「そこまで入れ込むとは興味深いな。どのような女性だ?」
「そうだなぁ。一言で言うと警戒心が強くて俺から逃げようと必死な子かな。でも、それもやっと薄らいで来てくれてね。俺との未来も考えてくれているんだ。」

深く笑みを刻むアーデン。ヴァーサタイルは顎に手を添えながら、どのような女性なのかと想像したもののうまくまとまらなかった。

「…まぁ良い。2人が深く結ばれることを祈っている。今度お会いしたいものだ。」
「ふふ。ありがとうね。そうだね。今度あの子に聞いてみるよ。」

アーデンは上機嫌のまま被験体を見上げている。ヴァーサタイルは顎に手を添えて首を傾ける。

「(アダギウムが惚れる女性とはどのような女性なのか。そもそも一般人と交際をしていたなど思いもしなかった。…ん?待てよ。二人が結婚した後に生まれる子どもはアダギウムの力を持って生まれるのか?シガイと人間のハーフが生まれるのだろうか?…しかも、ルシス王家の初代王の血筋を持つ存在とは。何とも興味深い!)…アーデン。」
「んー?なぁに?」
「応援しているぞ。」
「…何その目。人を実験体みたいな目で見ないでよ。怖いなぁ。」

流石のアーデンも嫌がり、小さく首を振って距離をとった。そして、ニヤニヤと何かを考えているヴァーサタイルを放っておき、ふと昔の婚約者を思い出す。

遥か昔の記憶が久方ぶりに蘇る。金色の髪を風に靡かせながら、自分がどこにいようとも会いたくて探しに来た娘。かつてのアーデンはそれを喜び、温かな気持ちで受け入れていた。
今の娘ときたら、必死に逃げることを考えている。今の自分は、娘の意思を汲み取らず引き摺り込んで洗脳して愛している。
同じ男のやることではないと我ながら驚きつつ、それが今の自分の愛し方なんだと受け入れる。

◆◆◆◆◆◆

「ヴァーサタイル長官?」
「そ。国の偉い人。楽しい人だけど、あの男の頭の中は実験や探究心でいっぱいだ。」
「その人がどうしたの?」
「会いたいんだってさ。俺の婚約者に。」
「…えっと。…そんなに偉い人に会うっていうのが…怖いな。」

目をそらしてか細い声で嫌がる●はゆっくりとコンロに火をつける。彼女は苦笑いをしながら、今朝の市場で買ってきた野菜を煮込む。
アーデンは手にしていた書類を封筒に入れてテーブルに置く。エプロンを着て夕食を作る彼女を見つめながら小さく笑った。

「俺が挨拶の仕方や話し方を教えてあげるよ。」
「…できるかな。私はただの市民だし。」
「俺を信じて。」

立ち上がって彼女の背後に回ると後ろから抱きしめる。この娘が欲しい。病的に。その気持ちは変わりそうにない。どんな手を使っても、どんな形になっても、一緒にいられるのであればそれでいい。

「ふふ。」
「どうしたの?」
「俺のやり方は王様みたいでしょ?欲しいと思った女性を無理やり自分のものにする。… ●は心外だっただろうけど、こういうやり方は俺たちの世界では普通だよ。」


「馬鹿言わないで。拉致して監禁して薬飲ませるのが普通なんて…、とんだ暴君じゃない」


●は静かに声を落とした。●の具材を混ぜていた手が止まり、彼女の目は一点を見つめていた。

アーデンはその目を見て、貼り付け笑みの裏で落胆する。…あぁ、やっぱり、と彼女の裏を感情を見つめて視線を伏せた。

…ああ、ほら、ねぇ。やっぱり。
君は何も許してなかったじゃない。まぁ、そりゃ、許されることはしてないけどさ。でも、今ので●の中に鎮座する怒りと反発心が見えちゃった。

「…あ、ごめん!」

はっと我に返ったように謝る彼女の目には焦りの色が見える。いや、というよりも、絶望だろうか。今まで積み上げてきたものを自分から崩したような顔はなかなかいい顔をしていた。

「…はははっ!」

思わず笑っちゃったよ。…おかしくておかしくて、思いきり笑う。

「いやいや、ごめん。そうだね。俺暴走しちゃったよ。でも、ちゃんと俺のものになれば君にも自由をあげたでしょ?今じゃ外出も許してる。」
「そうだね。前より自由でいいよ。…料理できたよ。食べよう。」
「……あぁ。今日もおいしそうだ。」

俺から離れるようにスープを盛るとテーブルに向かう●。その後ろ姿を見つめてから、まな板の上にある包丁を撫でる。

ー 薬漬けにして1度は堕ちたとおもったのに。やっぱりこれじゃダメか。

「アーデンどうしたの?」
「ん?ああ、ごめん。食べるよ。」

口元に笑みを貼り付けながら、席につく。座って、彼女のスープを口にしながら彼女を見た。

「ねぇ、愛してる?俺のこと。」
「愛してるよ。」

ー はい、嘘つき。やだなぁ。俺が騙されてるとおもってるの?

「嬉しいよ。…あ、そうだ。俺明日から2日間隣国に行かなきゃいけないんだよねぇ。留守番よろしくね?」
「2日いないの?」
「そ。寂しくなるなぁ。2日後の夜に戻ってくるよ。いい子で待ってるんだよ?」

小さくうなづいた彼女は何を思いながらスープを飲んでいるのか。俺は笑みを絶やさずに彼女を見つめていた。

ー これは罠だよ。わかる?君の愛を試させてもらうよ。でも、まんまとハマったら俺悲しく泣いちゃうなぁ。




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