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●は久しぶりの太陽の光に目を細めながら、天井や壁のない果てしない広さと眩しさと、風の心地よさに一筋の涙を流した。
彼女が外に出たのは20日ぶりだった。その20日間で彼女の人生や価値観がガラリと変えられていた。今、自由などあってないもの。隣にいるアーデンは彼女の涙を目に留めながら、アクセルを踏む。

「着いたよ。」

彼女がよく来ていた街に着くと、彼女は懐かしい道を進むように足をすすめた。アーデンは見飽きた街に流し目を向けながら、声を落とす。

「そうだ。君は俺といる間は別の顔で行動しているようなものだ。だから周りに殺人犯だと思われないから安心してね。でも、俺から離れたら俺のかけた幻覚は解け、たちまちのうちに犯罪者の顔だ。それを忘れないように。」
「…うん。」
「さ、まずはどの店に行く?」

●はアーデンの声に答えず、自由に外に出て話し、遊び、食事をしている人たちを見つめる。
これが当たり前の権利なのに彼女にはもうなく、彼らが羨ましくてたまらない。
複雑な気持ちを抱えたまま足が向く方へ歩けば、アーデンも隣を歩き始める。彼から手は握られ、手綱を握られているような気持ちになったが今は気にならなかった。

ーねぇ、あの人めちゃくちゃかっこよくない?
ーわっかるー!
ー手を繋がれてる人が羨ましい!

複数の女性の声がする。
彼女らはアーデンに目やりながら興奮気味に話していたが、アーデンは何も気にならないようで店に目をやりながら私の手を握り直した。
彼女らはこの男の狂気を知らない。歪んだ独占欲と支配欲。私がその被害の象徴だと分かるとどんな顔をするんだろう。

「ぼんやりしてると日が沈んじゃうよ?」

午前10時。日の光を背にしながら私に告げる悪魔は意地悪く私を急かす。

「あの店なんてどう?可愛いアクセサリーがある。」

日の光に包まれながら店をのぞいた。
アーデンは私の好きそうなアクセサリーを見つけると私の耳に当てたり、首に当てる。

「これ、似合うね。買ってあげる。」

こうしてみると普通の男。店にいる女性も彼を見つめるほど、容姿端麗でゆったりとした話し方で女性の目を引く。
アーデンに声をかけられた店員は恥ずかしそうに頬を赤らめていた。会計を済ませて戻ってきたアーデンは自分の容姿や女性の反応を気にしていないらしい。

「俺の顔に何かついてる?」
「うんん。」
「キスしたかったの?」
「…ちがう。」
「残念。なら俺からキスしようかな。」
「…ん!」

人目を憚らないキスをされる。何度もキスしたのに全てが異常なキスだったから、今は少しだけ違ったものに思えた。人がいるからなのか、彼にだって普通のキスが出来るのだなと…。

「ねぇ、アーデン。」
「なぁに?」

店の外に出て手をつなぎ直されてから聞いてみる。

「いままで好きな人はいた?」
「変なこと聞くね。いたねぇ、昔のことだ。」
「その人にもこんなことしてたの?」
「どんなこと?」
「監禁。」
「してないよ。」
「じゃあどうやって愛したの?」
「はは、そりゃ普通に愛したよ。あの頃の俺はね。」

鼻で笑いながら答えるアーデンは私からの話を早く終わらせたそうだった。そんな顔をされれば尚更好奇心が湧く。

「なんで私にはこうなの?」
「これが今の俺だからかな。…昔の俺に興味を持ってくれるのは嬉しいけど、俺、あんまり昔の話って好きじゃないんだよねぇ。」
「…そう。」
「●、人は長い人生の中で変わることはあるんだよ。●だって俺と出会って変わったんじゃない?」
「変えられたの。」
「ああ、俺もだよ。」

フッと笑うアーデンは首を小さく振り、しばらく黙った。彼の帽子に隠れた瞳は誰を思っているのか、何を考えているのかわからない。ただ、彼らしくないほど、会話を閉ざし、背を向けている。

「…あれ、美味しそうだね。飲む?俺買ってくるよ。」
「え、あ、うん。」

帽子を片手で押さえながら私の手からスルリと手を離したアーデン。背中を向けて人混みの中に紛れていく彼の背中に何故か不安になった。 彼のいう、あれ、とは何かわからなかったけど、アーデンが初めて何の裏もなく私から離れた瞬間は嬉しいというよりも逆に不安。

「…、…アーデン?」

周りには知らない人ばかり。背の高いアーデンは見えない。私は独りで街頭の下で待ちながら不自然な立ち去り方に不安になる。

「私が変なことを聞いたから…?」

まるで取り残された感覚になり胸騒ぎがした時だった。ガサガサと近くの林から音がする。なにかと目をやれば、白いチョコボがこちらを見ていた。その子は毛並みが綺麗で、トトを思い出させる。いや、トトなんじゃないか?と足が林に向く。

「トト?」

その子はじっと私を見て小さく鳴き、わさわさと羽を広げるとゆっくり林の中に歩いていく。

「…待って!」

白い尾羽が林の中に消えてしまい、慌てて林へ駆け込んだ。

「消えないで!待って!お願いだから!」

木々の間に消える白い羽を必死で追いかけながら叫ぶ。
誰かに、何かにいて欲しかった。私の全てを受け入れて、そばにいてくれる存在がほしい。そうでもしなければ、あの時みたいに気が狂いそうになる。

「…ま、…っあ!」

木の根に足を取られて転ぶ。膝を擦って、腹を打ち、むせていると、遠くの白いチョコボが振り向いた。小首を傾けて私を見つめているチョコボに手を伸ばしながら起き上がる。

「…まって。」

痛む腹部を抑えながらゆっくり近づく。チョコボは逃げずに私を見つめていた。

「トトに似てるね…。」

逃げないそのチョコボの羽を撫でると、白い羽に私の手から滲んだ血がついてしまった。

「あ、ごめん。」

謝るけどチョコボは動かない。瞬きもせず、私ではなく前を見て固まっている。
…それが奇妙で、少し怖くなった。まるで停止したように何も動かない。

「え?…固まっているの…?」
「こんなところにいたの?戻ったらいなくてびっくりしちゃったよ。」
「あ…アーデン!?」

いつの間にか後ろにアーデンが立っていた。片手で持っている袋はぐしゃりと潰されており、目が帽子に隠れて見えない。口角は下がっており、明らかに不機嫌さを放っていた。

「そのチョコボは何?もしかして逃げようとしてたの?これだから…油断も隙もない。」
「ちが、チョコボを見たら懐かしくなって!追いかけちゃって…!」

本当の話をするのにアーデンは小さく鼻で笑うだけ。帽子から見えた瞳はギラリと輝いており、私の足の怪我を見下ろした。

「怪我したんだ。…ほんと、しょうがないなぁ。帰るよ。」
「えっ、やだ。」
「手当てしないと。服も汚して、血も出ちゃって…そんな怖い姿でデートなんて続けられないでしょ。…それに、お仕置きしなきゃ。」

力強く引かれ、アーデンの腕の中に倒れ込む。腕を引かれてビリビリと肩が痺れた。顔を歪めてアーデンを睨むけど、アーデンの凄んだ顔に言葉が出ない。人を押し黙らせる目付きと圧。連行されるように林から2人で抜け出すと、街にいる人たちが全て固まって動かなくなっていた。
笑ったままの人、階段から飛び降りたままの子ども、走っていない車。まるで時間が止まっているように私たち以外が動かない。

「デートはここまで。」

もし私が一言でも更に彼の機嫌を損ねたのなら、私は何をされるんだろう。殺されるんじゃないかと思えるほど、今のアーデンは凍えるほどの冷気を放っている。

「ごめんなさい…。」

今まで私は謝ったことはなかった。私はあくまでも被害者で、死んだ方がマシだとさえ強気に言い放った。でも、今はこの男が恐ろしい。得体の知れない能力を持っていて、なんでも出来る。それが怖くて、心の底から赦されたくて謝った。

でも、アーデンは何も言わずに私を車に乗せた。





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