21


「はーい、残念でした。惜しかったねぇ。本当に俺がいないと思ったでしょ?」

転んだ私に声が届く。不在のはずのアーデンが階段の上から私を見下ろしていた。読まれていた。私が彼不在の時間に屋敷から抜け出すことを。

私は痛む体を引きずりながら階段から少しでも遠ざかるけど、アーデンは蔑む目を向けながら一段飛ばしで降りてくる。

「この数日間、まるで本当の恋人のように過ごせて幸せだったよ。料理も美味しかった。…でも俺、疑い深いんだよねぇ。"もしかしたら"って思って警戒してたんだ。」

一歩一歩階段を重く踏みつけるように降りたアーデンの口元にいつもの笑みが張り付いている。それは妙に作られた笑み。その身が深いほど、怒りや憎しみが込められている。

「案の定…か。悲しいねぇ。」
「……。」
「…それで?屋敷から出てどこに逃げるつもりだったの?俺から逃げて、誰に会いにいくつもりだったの?」

アーデンは苦々しげに言葉を吐き捨てると地面に倒れる私を見下ろす。その目は鋭く歪み、怒れる獅子のようの髪が逆立っていた。
ギラつく金色の目はまるで百獣の王。争っては殺されるような圧力を感じて言葉が出ない。

でも、体は逃げたがる。必死に立ち上がり、挫いた足で逃げようとすれば赤い靄が視界に現れ、怒りに満ちたアーデンが目の前に立ちはだかった。

「まだ分かんない?俺からは逃げられないんだよ!」

ドンっと強い力で腹を蹴り飛ばされ、地面に倒れ込む。腹部から広がる痛みはこれまでに感じたことのない痛みだった。蹲りながらアーデンの背後に映える外を見る。そこに行きたい。そこに行きたいんだ。

自由に渇望している私は非力なまま叫んだ。

「これ以上私に付き纏わないで…っ、もう私を解放して!」
「はぁ?何を言ってる。まだ立場がわかってないなんて哀れな女だねぇ。あのまま甘えて過ごしていればどこへでも連れて行ってやったっていうのに。」
「私はあんたのペットでも何でもない!ふざけないで!」
「ふざけてるのはそっちだろ!」

アーデンは指を突き立てながら、怒鳴り声を出す。

「滑稽だったよ。まるで娼婦みたいに俺に甘えて、耳障りの良い言葉を吐いては機嫌を取る。お前が何を考えていたか俺が分からないとでも思ったか?ああ、浅はかな…女だなぁ!全く!」
「いっ!?…痛いっ!!キャァァ!!」

アーデンの長い足が挫いた●の足を踏みにじる。●は悲鳴をあげてアーデンの足を退けようとするが、アーデンは体重をかけて踏みにじった。

「ヒッ…っ!うゔ!!ァァっ!!!」

抵抗できない存在からの一方的な暴力に屈辱を味わう●を眺めるアーデンは口角を吊り上げて笑った。足を彼女の足から退けると馬乗りになり、頭を掴んで自分の方へ顔を向けさせる。

「もっと物分かりのいい女だったら、今頃何不自由なく生きていられたのに残念だねぇ。」
「あんたといるくらいなら…死んでやる。」
「死ぬより辛い目に合わせてあげるから安心しなよ。…どうせ薄々気付いてたんだろ?俺の力を。」
「あんたは、人間じゃない。」
「ああ、よく知ってるねぇ。さすが同棲してただけある。嬉しいねぇ。」

アーデンは片手を顔の前に掲げると紫の靄を纏う。彼女はその怪しい色を見つめながらその場から離れようとするが、馬乗りのアーデンはそれを許さない。

「見事正解したお前には贈り物をあげよう。有り難く受け取りなよ。」
「?…ゔ、…アッ!?…ぐっぅうァアッ!!?」
「へへっ、痛いぞぉ?」

アーデンの手が●の頭を覆い、彼女の頭が紫の光に包まれる。●は頭が割れるような強烈な痛みが走り、夢中でアーデンの腕を振り払おうと腕を振り回す。しかし彼女が暴れるほどアーデンの手から靄が溢れ出し、彼女を覆い尽くす。

「いたいぃいい!!…ぁあ頭がぁぁあ!!割れるっ!!いだいィィイ!!千切れるッゥァァア!!!」

脳全体が針山に落とされたような痛み。目の奥で爆発が起きたような強烈な熱と首が折られるような圧迫感に舌を突き出しながら、もがき苦しんだ。

「ククッ…ほーんといい眺め!薬でイッた時よりも随分と激しく動くじゃない。いやらしいんだから。」

アーデンはこの上ない愉悦に浸りながら、自身のシガイを送り流す。そして、同時に彼女の記憶を吸収していく。

ー チョコボを撫でる記憶
ー仕事をこなす記憶
ー友人と話す記憶
ー街で買い物をする記憶
ー白チョコボと昼寝をする記憶

そして、

ーアーデンと出会った記憶
ー船上での記憶
ー地下に閉じ込められた記憶
ー アーデンに襲われる記憶、…舐められ、吸われ、突き動かされ、…飲み込まれる記憶ばかりが流れ込んでくる。

「フフ。最後は俺との記憶ばっかりだねぇ。」
「ギィ…ィィイい…!!ヒィッイィイっ!!」

化物のような声を上げて白目を剥く彼女は、痛みに耐えかねて気を失うように地面に倒れた。死んだように動かない彼女だが、浮き出た紫の血管が白い肌の上で脈打ち、瞳から流れた黒い涙が彼女が生きていることを証明する。

アーデンは怒りが晴れた穏やかな目で彼女を見つめていた。

「俺は闇を広める存在。愛する者をも闇に染める…運命からは離れられないんだ。君の運命は俺の闇に染まること。やっぱり避けられなかったんだねぇ。あぁ〜ぁ、かわいそうに。」

深く笑みを浮かべたアーデンに光が差し込む。

夜が明けて日が昇っていた。
天から降り注ぐ日の光がチリチリと彼女を焼き、体の細胞を焼き殺していく。アーデンは自身の帽子を彼女の顔にかぶせて肌を太陽光から隠すと脱力した彼女の手を握る。

「これでもう、本当に外にいけなくなったねぇ。でも大丈夫。俺がいるよ。さっきは喧嘩しちゃったけど、俺は君のことが大好きなのは変わりないから。まぁ、初めての夫婦喧嘩だと思えばいい思い出でしょ?」

気絶した彼女に語りかけると、彼女を抱き抱えながら階段を上る。階段を上り切り、重いドアが閉まる時、気を失っている彼女の指先が寂しそうに痙攣した。



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