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最近、常連さんが増えた。アーデンさんだ。
何をされている方か分からないけれど、お洒落で高そうな服を着ているし、どこか他の人と違う雰囲気を持っている不思議な人。職業が気になったので、周りくどく仕事を尋ねても"見ての通りの一般人"としか答えてくれない。

そんな彼を店の女性たちはかっこいいと口をそろえて言う。もちろん、私も彼は素敵だと思う。声も柔らかで、よく笑みを浮かべている。話し方も軽くて会話も楽しい。顔もいいし、ダンディ。正直、二人きりで話している時は少しドキドキしてしまう。

でも、そんな素敵な彼の何かが危険で私を緊張させる。
掴みきれない表情や話ぶりに心が抵抗しているのかもしれない。カッコいいけど、どこか怖くて、怪しくて、飲み込まれたら最後のような…罠にも似た怖さがある。そこがミステリアスでいい!という子もいるけど、私の野生のカンが「彼には近づくな」と私に教えてきた。

そんな彼から今夜お誘いを受けた。
思ってもみないことで少し嬉しくもあり、同時にとても怖くもある。大げさだけれども、もう二度と帰ってこられないんじゃないかとさえ思ってしまう。断ろうとしたら、彼は返事も聞かずに「じゃ、待っててね。迎えに来るから。」といって片手を振って立ち去ってしまった。
取り残された私はモヤモヤしながらアーデンさんのことを考えた。

彼のことは名前しか知らない。でも、私の育てたチョコボをとても気に入ってくれて褒めてくれる。私の育てたチョコボをレンタルしたがってくれるし、レンタル料の5倍の料金を支払ってくれる人だった。7日のレンタル料は700ギルなのに、3500ギル払う客なんて今まで見たことはない。

ー いいのいいの。彼女のチョコボにはそれくらいの価値があるから。

と、困惑した店長をサラリとかわして高値を差し出す彼は変わっていた。でも店としては大変ありがたい。

「どうしよう?トト。」
「クエクエ…。」

白くて青い瞳のトトに話しかける。
私がこの店に来た頃、トトはまだ卵の中にいた。トトは私がはじめて育てたチョコボで、売り物ではない。私を親と思っているようで、人の手に渡るのをすごく嫌がった。私も同じき気持ちで、トトは私が買い取った。仕事中は小屋や店の周りでゆったり過ごしている。

「クゥ…。」

トトはブラッシングされながら目を細めて私を見つめていた。困っている私を心配しているような顔に、私は笑い返す。

「どうしようって…とりあえず行くしかないよね。せっかく誘われているんだし。行くだけ行こう。トトは私が迎えに来るまでここでみんなと待っていてね。」

もしかしたら、彼は本当にただ話したいだけかもしれないし。私が抵抗を感じるのは考えすぎかもしれない。街に出てご飯を食べてすぐに帰ればそれで済む。何も怖いことは起きない。私の方こそ何を深く考えているんだか…。

「…クルルル。」
「大丈夫。慣れていないだけだから。」

考えすぎていたことに気付いて軽く笑うとトトを抱きしめた。トトは私の肩に顎を乗せると私が離れるまで柔らかな羽毛を私の体に寄せていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆

「研究お疲れさま。調子はどう?」

ヴァ―サタイルの研究室に音もなく入ってきたアーデンは明るい声で挨拶をする。ヴァーサタイルはモニターから目を離すと驚いたように軽く口を開けた。

「研究は問題ない。珍しいな。機嫌がよさそうだが、何かあったのか?」
「ん〜?知りたい?いいことがあるんだよねえ。」
「いいこと?」
「そ。欲しかったものが手に入る。」

ヴァーサタイルは不思議なものでも見るかのような目でアーデンを見ると好奇心に負けて聞いていた。

「そなたの欲しいものとはなんだ?ルシスへの復讐のために必要なものでも揃ったのか?」
「ははっ。そんなものじゃないよ。…まぁ、何かは教えないけどねぇ。」
「そう言われると尚更気になるが…。」
「はは、教えないよ。」

帝国の研究者…鬼才のマッドサイエンティストであるこの男をさらりとかわすアーデン・イズニアに怖いものなしだ。彼がどれだけ舐めた態度を取ろうとも、彼はルシスの化け物・アダギウムなのだから。人の形を成していても死と神を超えた力を宿す存在。誰も彼の逆鱗に触れようとしなかった。

「…でもさぁ。本当に手に入るかちょっと心配なんだよねぇ。…ねぇ、どうしても欲しいものが手に入らなかった、その時はどうする?」

抽象的な質問に対して少し考えるヴァーサタイル。手に入らないものにもよるが…と前置きをしてから、口を開いた。

「諦めるか、代わりのものを探すだろうな。」
「まぁそんなものだよね。…でもどっちもしたくないんだ。だから、必ず手に入るように手を回しておかなきゃ。」
「…そなたの欲しいものがますます気になるが、手に入ることを祈っている。」
「フフ。この世界に大した神はいないよ。」

ニヤッと笑うアーデンは時計に目をやる。夕方の4時。アーデンは「そろそろ行こうかな」と背中を向けると片手を小さく上げて去っていく。
何のために来たのか・・と気ままに立ち去る姿を見つめていたヴァーサタイルは、棚に上がっていた薬品が一つなくなっていることに気づかなかった。

実験室を出たアーデンはポケットの中に滑り込ませた小瓶を指坂で弄り、笑みを浮かべる。

彼の人生は無慈悲な神によって最低なシナリオで構成されている。彼の辿ってきた道はどれもこれもふざけたもので散々なものだった。
今回も恐らく期待はできない。しかし、それなら今まで通りのやり方で進めればいい。

「ま、期待してないけど、待っててね。」

外に出たアーデンは夕日に照らされた赤いオープンカーに足を向ける。
真っ赤な車はより明るく輝いており、早く人を乗せたがっているように見えた。


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