最終話


シガイの花嫁が目を覚ました時、闇の中にいた。それはアーデンがアダギウムとして目を覚ました時に似ている。両手を拘束している縄は彼女の覚醒と共に朽ち果てて床に落ちた。支えを失った彼女は冷たい床に倒れ込む前に、それを支える腕が闇の中から出てくる。

「お目覚め?気分はどう?」

機嫌のいいアーデンの声が彼女に降りかかると彼女は目をこする。だが、こする度に白い手を黒い液体が汚した。その不気味な黒を見た彼女は悲鳴を上げるが、アーデンが演技かかった声で彼女を落ち着かせる。

「大丈夫、落ち着いて。」
「何これは、何この汚れ…!」
「これが君の体に流れる俺の力。…ふふ、やっと同じものになれたね」
「どういうこと?…わ、私の…私の顔、どうなってるの」

おびえて竦む彼女はアーデンの腕から抜け出すと真っ暗な部屋の壁に逃げ込む。
暗い部屋を見渡すと部屋の隅に大きな立ち鏡があり、天井にはスポットライトが吊るされているのに気づいた。何一つ状況がわからない彼女は、鏡に映った自分の姿を見て呆気にとられた。

シガイになった自分が映っている。
目、口、耳から黒い液体が流れている。変わり果てた自分の体を目にしてショックでよろけるが叫びはしない。

「へぇ、取り乱さないんだ。俺はてっきり泣いて叫んで俺のことぶってくるかと思ったよ。…あ!それとも、ショックで言葉も出ない?」

彼はコツコツと近づき、彼女に詰め寄ると片手を上げる。それを合図にスポットライトからまぶしい光が彼女を照らし、彼女の体がヒリヒリと痛む。

「これ、太陽の光だと思ってよ。シガイってさ太陽に当たると死んじゃうんだよね。でも俺は別なんだ。まぁ、少しは痛いけど回復も早いから太陽の下でも自由に動ける。君は俺の力を受け継いでいるから太陽にあたっても死にはしないけれど少しは痛いだろうなぁ。」
「…教えて、…どうしたら…死ねるの」
「ん〜?…真の王が俺を殺したら死ねるんじゃないの?」
「え?」
「ま、無理だろうけどさぁ」

アーデンは鼻で笑うと彼女の腕を引いて自分の胸の中へ納める。それに抗っても男の力には敵わない。

「君はシガイになり、もう人間には戻れない。まぁ、人前じゃその顔は人間の顔に戻してあげるけど、あんまり遠くに行きすぎるとその体はシガイの姿にもどしちゃうから覚えておいてね?」
「…私は、どうしてもあんたから逃げられないの?」
「そりゃそうだよ〜。自殺しようとしてもダメ。俺の不死の力もぜぇんぶあげちゃったから君に終わりはない。…死が二人を分かつまで、なんて寂しい終わりもないんだよねぇ。俺としては最高に嬉しいんだけど。」

アーデンに頭を撫でられると彼女の黒い液体が消えていく。肌にしみついていたそれもなくなり、彼女の肌は本来の色を取り戻した。鏡に映る彼女の姿は元の人間の彼女へ戻っていった。

アーデンは光を失った彼女の顔を見てかつての自分を思い出す。

自分もシガイへの運命へ落とされた時、自分の人生を失い、希望を根こそぎ奪われて色を失った世界で生きていた。この娘もそうだ。今、どん底にいる。憎しみや復讐さえ役に立たないほど理不尽な世界の中で立ち尽くしている。

「君がどう生まれ変わるのか、楽しみだ。」

彼女は彼の言葉の意味を理解出来なかったし、理解する力さえなかった。ただ、気を失うように目を閉じて力を抜く。
アーデンはその体を優しく抱きとめると抱きかかえて彼女に顔を寄せた。

「わかってよ、●。俺はもう愛する女性を失いたくないだけなんだからさ。」

アーデンは遥か昔の思い出を振り返る。もう、あんな風には人を愛せない。それでも生き続けなければならない残酷な運命を誰がわかってくれただろう。

「闇の生き物には闇の生き物の生き方があるんだ。きっと君も分かる日が来るさ。」

やっと自分の片割れを手にできた喜びは隠しきれない。すぐにとは言わない。何年、何十年かかるかもしれない。それでも、諦めという形でも彼女が自分にだけ依存して、孤独を埋めるために愛を受け入れてくれる日が来るはすだ。自分たちには死という逃げ道もないのだから。

「俺は待ってるよ。君が俺に落ちるのを。」

アーデンは目を閉じている彼女に微笑み、そっと唇を落とした。


End


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