18
「女性は大変だね。…そして、残念だなぁ。君の子宮はまだ俺のものじゃないんだ。」
朝、痛みに耐えている●の手を握りながらアーデンはその下腹部を優しく撫でる。●は眠そうな目をしながらくぐもった声で言う。
「ねぇ、薬が効いて痛みがおさまったら買い物に行っていい?」
「ん?必要なものは全部俺が揃えるから言って。」
「生理用品は女が買うべき、選ぶべき。」
「…ああ〜、まぁ。そういうのなら。」
流石のアーデンもこればかりは譲る。そして、つまらなそうにベッドに頬杖を付きながら●を見つめた。
「チョコボがいるならかしてほしい。」
「魔導船使っていいよ?」
「街に行くのに魔導船なんて…目立つし変。宰相でもないのに魔導船に乗ってるなんて目立っちゃうでしょ?」
「っはは。俺に任せてよ。返り咲かせてあげるから。」
「どういう意味?」
「俺の力と権力、わかってるでしょ?世間の前で君は新しい顔になる。その顔で生きてごらん。そして、俺と一緒に生きるんだ。つまり、俺の配偶者として。」
その未来は既に決められている、というような話し方。
昔の私が感じた痛みを感じる。また、私を塗り替えていく気だ。彼の望む人生のために、私は塗り替えられ、人生を強制的にやり直しさせられる。
「みんなをまた騙すの?」
「騙して何か悪いの?国民は偽りの情報を与えられたところで自分たちの生活にはなんの問題もないんだし、別にいいじゃない?それよりさ、俺の奥さんになったら堂々と生きていけるよ。もう一ヶ月も一緒に暮らしてるじゃない。俺と結婚したら今までと同じく何不自由のない暮らしが待ってる。家事は魔道兵たちがやってくれるんだし、不満なんてないでしょ?」
アーデンは嘘をついてはいない。全部奪って操るのが好きな男。反発したって余裕の顔で押さえ込んでくるのなら、私は大人しく罠にハマったフリをすればいい。
「なら今は婚約者?」
「…俺を受け入れてくれる?」
「うん、アーデンと一緒にいられるのならなんでもいいよ。」
そう応えればすぐにキスをされた。顔を両手で抑えられて、長い長いキス。まるで誓うような、いやらしさのない口づけ。
「●、ずっと一緒にいてくれ。」
唇を離して私に吹きかけた声は、今までになく透った声でその瞳は柔らかだった。まるでその瞬間だけ、別人のように見えて我が目を疑う。綺麗で透明な水を見ている澄んだ気持ちになった。
「…うん。私も。いつのまにか…あなたを愛してた。」
でも、今までの彼を思い出して自分の意思を保つ。得体の知れない力を持つこの男は危険だ。危険なんだ。今は信じさせて、隙を作りたい。
何度かキスをして、腹痛で枕に頭を落とす。
「いっ…」
「あぁ…大丈夫?」
「チョコボかして…必要なものを買いに行きたいの。大丈夫、ちゃんと帰るから。」
「…信じようかな?」
「婚約者くらい信じてよ。その監禁癖は直してほしい。」
「はは、怒られちゃった。」
アーデンは少し躊躇いながら、私に1羽のチョコボを貸してくれた。毛色を聞けば目立つ青だとか。迷子になったら見つけられるように、と彼は卒なく言葉を付け加えた。
チョコボが飛べる鳥なら、どれだけよかったか。
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その日、初めて私は1人で屋敷を出た。
心の中では興奮していて下腹部の痛みを無視してこのまま外に逃げだしたい思ったけど、まだそれは早い。もっと信頼されて、気を緩めたときに一気に離れたい。
…でも、出来るんだろうか。アーデンはそんな単純な男じゃない。優しさや笑顔や甘さが反転する。不安もありながら、私の気持ちは常に急かされていた。
それをぐっと我慢して近くの薬屋に行き、すぐに買い物を終えると屋敷に帰った。そして体を休めながらアーデンと会話をした。その日のアーデンはひどく優しく、甘えてきた。
いつも凛々しくどこか狡猾な表情が消え、柔らかい声色でゆったりと私の隣にいる。
「ねぇ、アーデン」
「なぁに?」
会話の中で自然に私が外に出る機会を提案してみた。アーデンに手料理を作りたいから市場に行くとか、屋敷のすぐそばを散歩したいとか、チョコボと日向ぼっこしたいとか。それを許可されればそれ以上のことを決してしないと誓った。アーデンはそっと私に目を向けたけれど、まっすぐ見つめ返すとそれを許可してくれた。
だから私は翌日1人で外の空気を思い切り吸い、1人で買い物に行って材料を買ってきた。そして、台所にはアーデンから渡された包丁を手にして料理を作った。ちゃんと帰ってくるし、怪しい行動は一切していない。それを続けることで私が彼から信用を得ようと必死だった。
「美味しいじゃない。」
嬉しそうな顔を見て私も笑顔を浮かべる。新婚のような、あたたかく、弾んだ気持ちで、一番いい顔をして愛を囁いた。まだ生理が続いていたので体は求められなかったけど、アーデンは私を抱きしめて眠るのが常だった。
その寝顔を見て複雑な思いにもなる。
もっと普通に愛しあえたなら、こんな複雑な思いは抱かなかった。本当に添い遂げようと思ったかもしれない。
でも、彼の狂気も嫌というほど見てきた。酷い…酷すぎるやり方は到底許されない。私を監禁し、自由を奪い、ひどい時は薬を使って性的な拷問をする。そのことに関して彼は何も反省していないだろう。
私は彼を許す気はない。永遠に。一度犯した罪はなくならない。一度覚えた恨みも私の心に刻み込まれて消えはしない。その恨みはもはや心と一体化して、私と言う人間さえ変えてしまった。
彼の寝顔を見つめて彼の髪を撫でながら、その行動とは裏腹に逃げる機会を常に伺っていた。
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