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夜。貴族や政治家たちが集まって開かれている盛大なパーティー会場は人で賑わっていた。中央のダンスホールでは男女がペアになって踊り、ステージの前では演奏者たちが優雅に曲を奏でている。
高いシャンパンタワーの前には女性たちが好みそうなケーキが皿に盛られていた。

―…見栄張っちゃって。

アーデンはゆったりと会場を歩きながら小さく鼻で笑う。ここには純粋な会話を楽しむものなんていない。全てはつながりを強め、上から気に入られるための身売りの集まり。あわよくば資金源を、と探す目と投資する領域を広めて自尊心を高める財布が転がっている。
そんなくだらない時間を過ごす気はなかったが、今夜は彼女の関係性の変化のために犠牲が必要だった。

―さて、俺の隣に立ち、俺の財力や立場を利用しようと狙っている女たちを利用させてもらおうか。 …ああ、あの子。赤いドレスなんて着ちゃって、相当目立とうとしてるねぇ。怖いものなしって感じだ。まぁいいや、相手してあげるよ。

アーデンに視線を送る女は大勢いた。その中でも一際目立つ女は赤いドレスを着ていた貴族の娘。二十代前半といったところか。顔も悪くなく、どこか強気な目をしている。

「こんばんは、お嬢さん。よろしければ私と一曲どうですか?」

恭しくお辞儀をして申し出れば、彼女は満足そうに微笑んで手を伸ばす。自分の美が宰相であるこの男に通用したことを誇らしく思う笑みを満面に散らして、アーデンとホールの中央へ足を運んだ。

長い金髪はくるりと身を回転させるたびに弧を描いて流れ、会場の光を受けた髪はキラキラと輝く。アーデンと手を握り合い、見つめ合い、足を運ばせながら2人はまるで恋人のように見つめあっていた。

曲が終わり、アーデンは一礼する。彼女の手を取って手の甲に唇を寄せた後、離れるはずの手はまだ繋がっている。それだけでまるで2人の未来を確信したような笑みを浮かべる娘に、アーデンは顔には出さずとも呆れていた。

「よろしければ、この後2人きりで話しませんか?」
「ええ、喜んで。」

自信満々な瞳を向ける小娘は事実を隠すペテン師にまんまとハマる。アーデンは物腰柔らかな口調で他愛のない話を口にしながら彼女と会場を後にしたが、暇つぶしがそこにあれば十分だった。
今この瞬間も、本当は●の様子が気になって仕方がない。自分から捨てられたと思い込み、不安の中で自分の名を呼んでいるかもしれない。そんな姿は可愛すぎるけれど、行ってはダメだ。調教と同じでまずどちらが主導権を握っているのか分からせなくては。

◆◆◆◆◆◆

「っ…はぁ、はぁ。」

●は開かないドアからやっと手を離し、傷ついた爪を見つめて座り込んだ。爪が割れて血が滲んでいる。無駄だとわかっていても、鉄鋼の扉を掻き毟っていた。これからも死ぬまで光が見られないんだと思うと気が狂いそうになり、痛みなど感じなかった。

ー ここが君の墓場だ。
ー死んでも構わない。

そう言ったときは本音だった。
奴隷のような扱いを受けるのなら、死んだほうがいいと…、外にも居場所がないのならば死んだほうがいいと。その覚悟を決めて言い放ったはずなのに、今は気が狂いそうな窒息感と絶望に包まれ、自分の言動に苛まされている。

「…ここで死ぬんだ…。」

自嘲気味な笑いが溢れて、ドアから背を向けてその場にしゃがみ込む。

「…夢なら覚めてほしい。」

心も体もヘトヘトだった。もう何がなんだかわからない。もしかしたら、これが深い悪夢であって、本当の自分はトトの隣で寝ているんじゃないかと思う。そう思えばほんの少し希望が見えて、そっと目を閉じた。




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