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目を覚ませば天蓋付きのベッドの中に収まっていた。隣には誰もいないけれど、彼の枕が私の枕の隣に置いてある。そこには赤い髪の毛が落ちていて、それを見た途端体を起こした。

「はぁ…ッ。」

下腹部を片手で握りながら苦痛の息を漏らす。私はここで地獄を味わった。いつまでも続く羞恥と屈辱の中で一片も救いのない夜を過ごしたここから早く出たい。

「…はやく、でないと…」

弱弱しい声が喉から絞り出される。重い体と心でベッドから降りると、ふらりと立ちくらみがした。

部屋には誰もいない。近くの椅子に新しい服が用意されていて、私の服はない。仕方なく、その服を着ると辺りを見渡す。
不思議なことにこの部屋には窓がなく、間接照明が灯るばかり。いまが夜なのか朝なのかとわからないが、机上にあるデジタル時計を見ると朝6:31と表示されていた。
そのデジタル時計の隣には料理の皿と飲み物が置いてある。皿の下にはメモがあり、メモを手に取れば流れる字で私宛のメッセージが綴ってあった。

ー ーーーーーーー
おはよう。昨夜は疲れさせちゃったね。
朝食はコレ。毒なんて入ってないからちゃんと食べるんだよ?昼食もちゃんと運ばせるから安心して。
俺は仕事に行くから、●はリビングでテレビを見たり、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聞いたり、寝室で寝たり、好きに過ごしてよ。
夜には帰るから夕食は一緒に取ろう。
ーーーーーーーーー

アーデンのメモを見て眉を寄せる。
まるで私が大人しく待っているとでも思ってるかのような文字。私は一刻も早くここから出たいから、用意された食事に目もくれなかった。

「カバン、ない…どこだろ。」

持ってきたカバンがない。その中には財布とスマホがある。流石にそれを置いては出られず、キョロキョロと広い部屋を見渡す。でも、ソファーの上にも、棚の上にも、棚の中にも、どこもなかった。
仕方なく廊下に出ると、この家自体がとても広いことがわかった。廊下が広くて大人が3人ほど並べる。壁には絵画や花が飾られており、小さなシャンデリアが定間隔に天井に灯っていた。狭いアパートしか知らない私は恐る恐るそれぞれの部屋を覗く。すべての部屋が広く高級なホテルのように豪華だった。宰相の部屋なのだから当然だけれどもとても妙だった。そう、ここはすごく暗い。そして、異様に照明が多い。どの部屋にも廊下にもひとつも窓がなかった。

「…まるで、地下室みたい。」

自分で言ってギョッとする。
そして、まさか、と自分の予測を振り払う。
地下室…そんな、人を拉致して閉じ込めるにはもってこいの場所じゃないか。

「いや、そんなわけない!」

自分で言った恐ろしい言葉を打ち消すように叫んで出口を探した。スマホなんてしらない、とにかく早く、早く、外に出たかった。恐怖心で足早に廊下を進み、玄関に出る。ドアを見てほっとしたけれど、ドアノブがないことに気づき焦る。

「なに、これ…どうやって開けるの?」

センサーがついているわけでなく、自動ドアでもない。ボタンやカードキーを通す装置もない。あるのは、床から2メートルほどの位置に丸いカメラのようなものだけ。
届かなかったのでリビングの椅子を移動させてそれを覗くと、カメラが勝手に作動して私の片目を認証する。そして、

ー error 認証失敗 ー

と表示が出てそれ以降も同じ文字が浮かんだ。映画である虹彩認証らしい。

「うそ…。アーデンの目じゃなきゃ出られないってことっ?」

私は本当に閉じ込められたのだと気付く。
その事実が私の余裕を根こそぎ奪い、必死に固いドアを叩いて、蹴って、声を出して助けを求めて、椅子でドアを壊そうとぶつけた。
それなのにドアは傷ひとつつかない。

「はぁ…はぁ…ねぇ、どうして!?…何でこんな目にっ、…出して!…こんな場所から早く出たい!なのにっ…うぅ。誰か!!ねぇ!誰か!!」

この叫びに駆けつける気配はない。ドアにぶつけた時に足が折れた椅子を放り投げながら悲鳴にも似た声で泣く。

「スマホ!…助けを呼ばないと…っ。」

パニックに陥りながらスマホを探した。全ての部屋を探したのに、鞄さえなくてどこにも私物がない。もちろん、電話もない。パソコンもなく、外への通信手段が一切存在しなかった。

「…私が、職場にいかないから、きっと店長たちが不審がって私を探してくれる。そしたら、警察が動く。…だから、きっと…大丈…夫。」

とはいうものの、自信がない。自分を落ち着かせたくて言ってるだけ。ここまで用意周到にする男はそんなことも見通しているはず。

「…いや、大丈夫…大丈夫に決まってる…。」

ぶつぶつ呟きながらリビングに入った。中央にある大きな液晶テレビとテーブルの上のリモコンに目がいく。テレビを見る気分じゃないけど、人の声が聞きたい。こんな場所に1人なんて、不安で押し潰されそうだ。だから、テレビをつけた。

何度か番組を変え、ニュースが始まった。人気のイベントや有名人のスキャンダルなど、どうでもいい話の後に息が止まるニュースが流れた。

ー 今朝入ってきたニュースです。××地方のチョコボレンタル店の店長△△さん54歳と店員4名が殺害され、店が放火されました。犯人はこの店に勤めていた●という女性職員で…。

「…え?」

一瞬、アナウンサーが何を言っているのかわからなかった。でも、映像で流れる現場は私がつとめている店。看板が半分以上燃えてしまい、店は見る影もなく焼け焦げている。チョコボたちの小屋も跡形もなく燃えていた。

…トト。
昨夜はトトを小屋に泊めていた。モンスターが入らないように小屋は丸太で扉を塞いでいたのに、焼け焦げて朽ちた木の塊がテレビに映っている。

「え…嘘。」

ー 犯人は駆けつけた警察官に逮捕されました。犯人は従業員を銃殺した後、店の金庫の金を盗み放火。計画的犯行であり、犯人は容疑を認めているとのことです。

「…私が犯人?つかまった?え…何?え?…どういうことなの。」

アナウンサーの話が理解できない。

ー いやぁ、怖いですね。この事件。実は僕この店によく行ってたんですよ。
ー チョコボ店って家族連れとか行くじゃないですか?こんな危ない従業員がいたなんて、本当に怖いですよ!
ー 犯人が捕まってよかったですね〜。

コメンテーターたちは思い思いの言葉をカメラの前で話す。
私の名前と顔写真が大きく表示され、右上のタイトルには"犯人は残虐な従業員"とある。

「…なにこれ、…なんでっ…、こんなことって!?」

茫然と繰り返した後に、腹の奥から怒りがこみ上げてくる。店長を、同僚を、トトを…私の居場所を全て奪った。そして、私という存在を社会からも消した。全ての罪をなすり付けて。

「こんなことしてないのに!!何でっ?!酷すぎる!!」

我を忘れてテレビに向かって怒鳴っていた。大事な人たちを殺され、家族のトトを焼き殺され、全て私のせいにされた。
他の番組をつけても同じニュースで私を犯罪者として世に広めていた。

「…ッ!アーデン…ッ!」

あの男の不敵な笑みを思い浮かべると頭が湧き上がる。顔を熱くするほどの熱と怒りが上り詰め、唸り声を上げていた。リモコンを握りしめアーデンへの怒りを放つようにリモコンをテレビに投げつけた。鋭い音がして液晶画面が割れ、ガラスの破片が光を反射しながら宙に舞う。

私は肩で息をし、ギリリと犬歯を噛み締めながら復讐に囚われていた。




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